第12回「あみ清(あみせい)~屋形船~」 雷門からほど近く、スカイツリーを仰ぎ見る吾妻橋のたもと。晴天の空の下、気持ちよさそうに風流な屋形舟がゆらり、ゆらり。 吾妻橋の屋形舟といえば、「あみ清」。豊かな江戸町人文化の象徴 […]
続きを読む「北帰行…?」心と表現<第10回>熊澤南水|月刊浅草ウェブ
11年ぶりの北海道公演が実現した。9月10日、暦の上では220日と云う事で、収穫前の荒天が予想される。紋別オホーツク空港は、全日空が1日1往復しか飛ばないローカル空港だが、この日は満席だった。9月に入って立て続けに台風が […]
続きを読む「オペラ座の怪人」つれづれの記<第4回>田中けんじ|月刊浅草ウェブ
明治18年から130年間、六区の「臍」と呼ばれる「公園六区交番」。昨年6月街の歴史を踏襲するアールデコに衣替えすると、それに呼応するかにドン・キホーテ・まるごと日本・東洋興業は渥美清・伴淳三郎・ビートたけし・永井荷風ら浅 […]
続きを読む「林家彦六」(八代目・林家正蔵)“トンガリの正蔵”と呼ばれた稲荷町の師匠<第29回>浅草六区芸能伝|月刊浅草ウェブ
東洋興業会長(浅草フランス座演芸場東洋館)松倉久幸さんの浅草六区芸能伝<第29回>「林家彦六(はやしやひころく)」 わが社が浅草演芸ホールを新設したのは、ちょうど現在と同じように東京オリンピックを目前に控えた、昭和38年 […]
続きを読む「沢 竜二(さわ りゅうじ)」の波乱万丈俳優記<第12回>月刊浅草ウェブ
<其ノ十二~高倉健・江利チエミ・清川虹子との交流~> 昭和45年の冬、高倉健の自宅が全焼とのニュースに驚き駆けつけると、健さんは腕を組み、静かに焼け跡を見つめていた。さすが、こんな時でさえ絵になる方だ。傍らには辛うじて持 […]
続きを読む「林家正雀」少年時代のラジオ落語が原点!彦六師匠仕込みの『芝居噺』の継承者<第11回>まい子のぶらり散歩|月刊浅草ウェブ
第11回「林家正雀(はやしやしょうじゃく)~落語家~」 今回は、 古典落語とともに創作落語にも力を注ぎ、また、歌舞伎などの芝居を題材とした「芝居噺」の第一人者としても知られる林家正雀師匠にお話を伺って来ました。 昭和26 […]
続きを読むポポ君の浅草散歩<第8回>原えつお|月刊浅草ウェブ
コロナ后のアイデアを考えましたが、コロナはまだまだですね・・・ ※作品の無断使用・転載は固くお断りします。
続きを読む「沢 竜二(さわ りゅうじ)」の波乱万丈俳優記<第11回>月刊浅草ウェブ
<其ノ十一~大喧嘩から始まった勝新太郎との友情~> 勝っちゃんと初めて逢ったのは、渋谷仁丹ビルの「ドン・キホーテ」というバーだった。客は芸能人のみでマスコミ出入り禁止という、我々には何とも有難い店だ(笑)。 ある夜店へ行 […]
続きを読む「募る想い」心と表現<第9回>熊澤南水|月刊浅草ウェブ
史上最多の205国と地域が参加して開会されたリオ・五輪、南米大陸では初の開催であり、コソボ、南スーダンが初参加するほか、難民問題の深刻化を受けた、〝難民選手団〟が初めて結成されたのも忘れてはならない。日本時間2016年8 […]
続きを読む「猿若三座」吉原と連動して栄えた芝居町・猿若町の歴史<第28回>浅草六区芸能伝|月刊浅草ウェブ
東洋興業会長(浅草フランス座演芸場東洋館)松倉久幸さんの浅草六区芸能伝<第28回>「猿若三座(さるわかさんざ)」 今回はぐっと時を遡り、江戸時代に栄えた芝居町・猿若町のお話をいたしましょう。かつての六区興行街がそうであっ […]
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