【夫の信念を自分の信念にした相撲部屋女将・古川彩(後編)】こやたの見たり聞いたり<第17回>月刊浅草ウェブ

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浅草唯一の相撲部屋・西岩部屋の女将さん・古川彩さんは、弟子の力士たちを「子どもたち」と呼ぶ。現在、実の娘を含めた10人の子どもたちを育てるみんなの「お母さん」である。

彩さんは、相撲をまったく知らない一般人として生まれ育ったが、西岩親方(元大相撲力士・若の里関)と出会って結婚し、相撲という伝統の世界へ飛び込んだ。「強い力士を創る前に、立派な人間を育てたい。全国から即戦力になる力士を集めるのではなく、真っさらな15歳を一から育てる」という親方の信念を、彩さんも女将さんとして共に貫く覚悟を決めた。そして、相撲の常識を知らなかったからこその独自の視点で、「今、自分に何が必要か」、「何をしたら親方の思い描く日本一の相撲部屋を作ることができるのか」を自ら考えて行動する。調理師免許の取得や、法学部で少年法を学んだものその一環である。

古川彩さん

西岩親方は、「相撲はメンタルのスポーツです。」と力強く断言する。体作りや技術の習得はもちろん大切だが、最も重要なことは「心」であるという。「心を鍛える」と言葉で言うのは簡単だが、実践はとても難しい。日々の生活のすべてが心の修行である。とはいえ、若干15歳で相撲部屋に入る子どもたちは、一般常識はもちろん、生活の基本である炊事、洗濯、掃除のやり方すら知らないことが多い。女将さんはそれらの日常生活をサポートする。

食事の買い出しはお相撲さんたちが行くが、出かける前の買い物メモにも工夫がある。スーパーの売り場を頭の中でシュミレーションして、通るルート通りにメモをする。入り口から入ると最初に野菜売り場を通るから、まずは野菜をリストアップする。次に魚売り場、肉売り場…ゴールはお会計のレジといった具合だ。大きな体のお相撲さんが同じルートを行ったり来たりしたら他のお客様にご迷惑がかかるという心遣いと、自分の頭で行動を予測して考えるトレーニングも兼ねている。

入門当初は、大半の子が水を出しっぱなしにしながら食器洗いをする。それだと水も水道料金ももったいない。彩さんの一般人としての感覚はここでも大いに発揮される。どのように工夫すればお金や時間を節約できるのか、みんなに考えさせる。昼食後には、手紙の出し方、ビジネスマナー、漢字の読み書きなど、一般教養を教えたりもする。中学を卒業してすぐに相撲部屋へやってきた子達が社会人として恥ずかしくないようにという母としての愛情だ。相撲の世界はとても厳しい。どんなに成功すると信じていても必ず大成するわけではない。家の事情もあるかもしれない。怪我をすることがあるかもしれない。夢半ばで相撲界から去る者もいる。そんな時、日々の女将さんの心遣いや生活の知恵がきっと救いとなる。

ところで、取材中に私が思わず笑ってしまった話を一つ紹介したい。古川家にはまだ小さな娘さんがいる。今年1月に幼稚園でこま回し大会があったから、一生懸命練習して挑んだ。結果は2位だった。帰宅後、「パパ、2位だったよ!」と報告したら、親方は「…どうして2位だったんだ?」と聞いた。娘さんは嬉しそうに「頑張ったから2位だったの!」と答えた。すると親方は「頑張らなかったから2位だったんだよ」と言った。そして翌日から娘さんは再びこま回しの練習を始めた。

親方は、「頑張ったら頑張っただけの成果がある。報われない努力はない」と固く信じている。親方には、人を惹きつける力強さがある。西岩部屋での鍛錬は、厳しいかもしれない。だが、世の中に多様な性格の子がいる中で、西岩部屋が合う子はいるはずだ。実際、入門希望者はとても多いそうだ。

女将さんに、「お弟子さんたちに、どんな力士になってほしいですか?」と聞いてみたら、「人として、地域の人たちに愛されるお相撲さんになってほしいです」と答えた。コロナ禍でとても苦しい時期もあったが、地域の方々や後援会の皆さんにとても支えられたという。肉や野菜を台車で差し入れてくださるご近所の方もいるのだそう。昨今はコロナ禍でイベントが減ってしまったが、今年のお正月には消防署の餅つき大会に参加した。お相撲さんたちはさすがの力自慢で、あっという間にお餅ができてみんなに喜ばれた。

若人たちの懸命な奮闘ぶりを見守るのは本当に心が躍る。さあ、まもなく5月場所の開幕だ。国技
館で活躍する浅草のお相撲さんたちを応援したい。

西岩部屋 公式ウェブサイト (nishiiwabeya.com)

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【筆者紹介】
活弁士・麻生子八咫(あそうこやた):父麻生八咫に弟子入りし、10歳の時に浅草木馬亭で活弁士としてデビュー。
活弁は、サイレント映画に語りをつけるライブパフォーマンスです。どうぞよろしくお願いします。

※写真の転載を固く禁じます。

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