「沢 竜二(さわ りゅうじ)」の波乱万丈俳優記<第5回>月刊浅草ウェブ

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<其ノ五~実の父・芸の父~>

当たり前だが、誰にとっても血の繋がった親父はこの世にただ一人。しかしこの仕事を始めてから、私には“芸の上での親父”が、幾人か出来た。
具体的には、第3話で、大河内伝次郎を継げるようになったと大阪から知らせ、私に新国劇の全ての狂言を教えてくれた倉橋仙太郎、東京に志を抱いた私に演歌を指導し、レコード歌手に育ててくれた船村徹、映画「男はつらいよ」で初代・寅さんのおいちゃん役を8作目まで演った森川信、そして辰巳柳太郎村田英雄北島三郎
役者、作曲家、歌手…と分野も年齢も様々だが、それぞれに敬愛する、大切な親父達だ。 

まずは、本当のお父っあんの話から始めよう。
私の父は、浪曲の元祖・桃中軒雲右衛門の弟子で、芸名は桃中軒雲藤といった。男気があって人には好かれるが、何せ気性が激しい。高校を中退して役者になると言った時には思い切りぶん殴られたが、反面、上京後どん底の生活を送っていた東中野のアパートを一番に訪ねてくれたのもまた、父であった。

東京オリンピックを目前に、日本中が沸き返っていた昭和39年の夏、父はひょっこりとやって来た。
その頃既に生活は苦しかったものの、手元には九州・大阪時代に稼いだ箪笥貯金500万円の残りが、まだ幾らかあったので、貧乏暮らしを悟られまいと、私は必死に大風呂敷を広げ、父をもてなした。八方手を尽くしてオリンピック開会式のチケットを取り、家で競技も楽しめるよう、普及し始めの総天然色テレビまで購入したのだ‼

開会式を天皇陛下の真下の席で観覧し、大満足で帰って来た直後、父に異変が起きた。お腹が張るというので近所の按摩へ相談すると、“私がお腹を見たところ、もしやと思うので”すぐに病院へ行けという。
診察の結果は、末期がん。しかも、余命3ヶ月。何かの間違いでは…と詰め寄るも、医者は“私は過去一度として見立て違いをしたことはない”と、けんもほろろだ。一人トイレで泣いていた私に、お年の看護婦さんが来て“何を食べたら良いと書いたから、気休めですけど、お父さんに渡しなさい。”嬉しかった…。 
その後何十年も、私は中央線沿いにあるその胃腸科の看板を、直視することが出来なかった。電車に乗るときは頑なに、それが見えない席に座った。 

そして3ヵ月、父は医者の言う通りになって亡くなった。
テレビやその他金になるものを全て質に入れ、何とか航空券を買い、女房子供と駆けつけた病院のベッドに横たわる父は、意識不明になる直前、母に“芸の妨げになるから、勲(私の本名)には絶対知らせるな”と念を押したそうだ。涙ひとつ見せず、気丈に振る舞う母の背中には、流石〈女沢正〉の心意気が滲んでいた。
何も解らず大好きなじぃちゃんの床に入ろうとする娘の無邪気な姿が哀れだったが、意識はなくとも孫の気配だけは、感じ取ってくれたのではないか?辛うじて臨終に間に合ったことだけが、唯一の親孝行となってしまうとは…。
有り金は底をつき、まともな葬式を出してやることすら叶わない。せめてもの弔いにと、私は父の棺に寄り添い、先輩である村田英雄や北島三郎のヒット曲を延々と、夜通し歌い続けた。人生最悪の時期を見せたまま父を逝かせてしまったやるせなさに、涙が止まらない。“あぁ、せめて自分のヒット曲で、親父を見送ってやりたかった…!”

皮肉なことに、ついに悲願のレコードデビューのチャンスが巡ってきたのは、それから間もなくのことだった。 
『母しぐれ 涙の仁義』。斬新極まりないこの楽曲を聴いた瞬間、武者震いが走った。
ザザザッ…というヤクザ者達の足音に始まり、火花を散らさんばかりの刀のぶつかり合い、ブス‼ドバ!!チャリン‼カラスの鳴き声、山寺の鐘の音…。任侠映画を彷彿とさせる芝居仕立ての掴みからイントロへと繋がってゆく大胆な構成に誰もが度肝を抜き、そして、大ヒットを予感した。
作曲者は、船村徹。恩師にして、実父、倉橋先生に次ぐ第3の親父だ。
ところが、このデビュー曲が、まさか!!
次回は、これにまつわる大事件の話も含め、船村先生との親交について語ることにしよう。

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