「津軽の休日」心と表現<第5回>熊澤南水|月刊浅草ウェブ

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月刊浅草

北海道新幹線が開通し、約1ヶ月が過ぎた4月下旬、私は青森へ向けて東京を出発、あと数日でゴールデンウィークに突入と云う、平日の午後の車内だったが、思いの外混んでいた。
秋田ゆきのこまち号と、函館北斗ゆきはやぶさ号は、盛岡で切り離されそれぞれの目的地へと別れる。盛岡まで来れば、青森は目と鼻の先、うっかり居眠りでもしていたら、津軽海峡を渡って北海道まで行く羽目になる。一寸緊張した。
新青森駅で下車したが、多勢の乗客が待っていたのに先ず驚き、北の大地への開通を肌で知る事となった。
夕方の改札口には、3年前の津軽公演でお世話にな った〝つがる野文庫の会〞のNさんが、手を振って待 っていて下さった。正統派の津軽弁を話す明るい女性で、私が少女時代を過ごした稲垣と云う町に住んでいる。高速道路は面白味に欠けると云う、彼女の選択で、丁度一斉に咲き出した花々と、岩木山を楽しみながら、県道をゆっくり走る。懐かしい津軽弁の響きが耳に心地良く、女2人のおしゃべりにも、又、別の花が咲く。
今回は、津軽弁で語る昔がたりのグループ「雪ん子」のメンバーと、私の語りで構成する舞台を企画、
に五所川原市内の文化施設で公演が予定されている。
翌日は、「雪ん子」の会のリーダーSさんと、補佐役のFさんのご好意で、桜まつり真最中の弘前城へ車を走らせた。風もなく、快晴の空を背景に、染井吉野・紅枝垂・八重桜など52品種、2600本が満開の姿で出迎えてくれたのである。ひと吹き風が吹いたら、こぼれ散るであろう……と云うそんな風情、中でも樹齢134年と云う染井吉野の古木は圧感で、息を飲むような美しさだった。
数年前、小田原に住む友人が弘前の桜を見に訪れたが、生憎その年は開花が早く、ほとんどが葉桜になりかけていたのだとか。がっかりしながら、それでも公園内を散策していたら、一本の立札が目に入った。そこには次のように書かれていたのである。
〝本日の桜情報。八分散り桜、花吹雪、花筏〞
何んと云う機知に富んだ対応だろう。
ことばひとつで、人の心が暗から明に変わるのである。

弘前城は現在、石垣の修理の為天守を曳屋で移動、天守とさくらと岩木山と云う、今しか見られないコラボレーションが、ファインダーの中に実現している。同行して下さったFさんはガイドのプロの方で、弘前城の詳しい歴史を沢山教えて下さった。今、国内に現存する12の城の中で、東北に唯ひとつ残っているのが、ここ弘前城だとか……
桜を堪能し、五所川原市内に戻ったのが、まだ陽の高い2時少し前、私は思い立って今度はひとりで津軽鉄道に乗ってみた。全線で11の駅が有るが、駅員が常駐しているのは、始発駅の五所川原、終点の中里、そして金木の3つだけで、あとは全て無人駅と云う民間のローカル線である。
太宰治の「津軽」を思い出しながら、生家のある金木を過ぎ、両手に大きな荷物を持ち、切符を口にくわえながら走って来る少女に、パチンと鋏をいれてやる少年の駅員が登場する芦野公園、素朴でのどかな情景を描き出しているこの駅は、この時期人で溢れていた。駅の両側に桜がトンネルのように覆っていて、それが見事に満開だったのである。そのトンネルをゆっくり〝走れメロス号〞が通って行く。メルヘンの世界だった。終点の中里まで行って……太宰はここから又、バスに乗って育ての親タケに逢う為小泊まで行くのだが……私は中里からそのまゝ同じ電車で折り返して、五所川原のホテルに戻って小休止、時間が止った様な津軽の休日を楽しむ事が出来たのである。
翌日は、雪ん子のグループの勉強会を午前中に済ませ、午後は今回の舞台に登場するAさん、Tさん、Nさん3名の稽古をチェック、事前にテープで指導していた効果が多いに出ていて、いい味に仕上っている。これならお客様もご満足だろう。会員が力を合わせてチケットも300枚近く出ていると云う。
本番当日の28日は、生憎のくもり空、その上気温もグッと下がっていたが、雪ん子のメンバーは燃えていた。私の送迎を一手に引き受けて下さったIさんの車で、10時半には会場に入り、11時から3人のリハーサルを済ませ、昼食の為楽屋に戻るとそこに来客が在り、子供の頃一緒に遊んだ親戚の懐かしいお顔が揃っていた。3年前のつがる公演の時も大きなお花を舞台に飾 って下さった4人の方々、今回も手づくりのいなり寿司やのり巻きを沢山作って差し入れて下さったのである。別れ別れになってから、60年以上もの空白が有ったと云うのに、瞬時に幼い頃の思い出が甦えるから、不思議である。
開場の合図と共に、場内の様子が楽屋のテレビに映し出されると、徐々に緊張感が高まって来る。
つがる野文庫の会」の皆さんが、次々楽屋にお顔を見せて下さり、会長のHさんから念願の図書館がオープン出来る見通しが付いた事を知る。NPOを立ちあげて活動を続けて来た第一の目的が、この図書館開設に有る事を知っていたので、何よりも嬉しいニュースだった。
そして、いよいよ開演!
三人三様、見事な津軽弁で、ユーモアたっぷりの昔ばなしを、身振り手振りも豊かに堂々と語り、場内から大きな喝采を受けていた。
舞台袖で、ここまでを見届け、〝よし!これなら大丈夫!〞と安心して、私は二部の為の着替えに走り、休憩を挟んで私の語り、藤沢周平作「山桜」を聞いて頂いたのである。
〝いやあ!いがったじゃあ〞〝まだ、来てけろやぁ〞
口々に握手を求めながら会場を後にする、観客の笑顔と優しいひと言に励まされ、雪ん子達との初のジョイント公演は、大成功を納めたのである。
そして……改めて考えたのは、方言の大切さと、それを残していく必要性である。
雪ん子の役割りは重く大きいものが有るが、そこに誇りを持って携わり、力を合わせて育てていって欲しいと願っている。

熊澤南水, 2016年

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