「ストリップダンサー」スポットライトの陰でひたむきに生きた、浅草の美しき花たち<第19回>浅草六区芸能伝|月刊浅草ウェブ

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東洋興業系専属ストリップダンサー

東洋興業会長(浅草フランス座演芸場東洋館)松倉久幸さんの浅草六区芸能伝<第19回>「ストリップダンサー」

前回は、フランス座から映画界へと進出し成功を収めたコメディアンたちと、彼らの出演作についてのお話でしたね。お勧め作品の中からひとつふたつ、ご鑑賞いただけたでしょうか(笑)?浅草へ遊びに来て、ふと「月間浅草」を手に取る…そんな小さな偶然をきっかけに、この街のエンターテインメントの歴史について知ってもらえるということも、とても嬉しいご縁です。
今回は、浅草エンターテインメントといえば忘れちゃならない、踊り子さんたちのお話です。語られる機会も少なくなってしまいましたが、トリップは、間違いなく昭和中期の浅草大衆文化を盛り上げた、核の一つでありました。今となってはコメディアンばかりにスポットが当てられがちですが、当時はむしろ、彼らのほうが“添え物”だったくらいなのですよ(笑)。
華やかなスポットライトの陰でひたむきに精進し、懸命に生き抜き、浅草の一つの時代を支えてくれた踊り子さん。

そんな素敵な女性たちのことを、この機会にぜひ、知っていただけたらと思うのです。

まず、どうしてもみなさんにご理解いただきたいのは、ストリップに名を借りた卑猥な“ヌードショー”と、フランス座で行っていた正統派ストリップショーとは、全くの別物だということです。
昭和30年代後半から台頭してきた関西系の過激なショーの流行により、ストリップのイメージはガラリと変わってしまいましたが、それ以前のストリップとは、いわば裸という美しい衣装をまとったハイレベルなダンサーたちによる、良質なエンターテインメントだったのです。
目指していたのは、芸術的なストリップショーの本場、パリの一流キャバレー「ムーランルージュ」や「リド」のレビュー。舞台下にはバンドボックスを設け、一流の音楽家たちによる生演奏に乗って、しっかりダンス技術を身につけたエネルギッシュな踊り子たちが華麗に舞う、夢のようなステージです。脱ぎ方にしても決して下品なものではなく、胸は出しても、下は出さない。見えそで見えない踊り方こそ、一流ダンサーの技術であり、真髄なのです。第一“丸見え”なんてかえって興ざめ、“チラリズム”こそが、本物の色っぽさではありませんか(笑)!

昭和20年代半ば、東洋興業本社(西浅草)のちょうど裏手に本格的なレッスン場が設けられ、全国各地から集まった若き踊り子たちは、そこで日夜練習に明け暮れました。地方から出てきたばかりの田舎娘もいれば、日劇ダンシングチームやSKDなど、一流の劇団から移籍してきたプロまで、彼女らの経歴は実にさまざまです。
血のにじむような努力を重ね、技術が一定のレベルに達すれば、いよいよステージデビューとなるわけですが、勿論はじめから華々しい活躍が出来るわけではありません。最後列の地味なポジションからスタートし、徐々に経験値を上げ、舞台度胸をつけてゆくのです。
 
一般企業でいえば、職種の違い、あるいは能力給制度とでもいいましょうか(笑)、一口にダンサーと言っても、幾つかのポジションがあります。
大まかにいうと、上半身を全て露出する『フルヌード』さん、ブラジャーをつけている『セミヌード』さん、衣装をつけたままの踊り子さん、という三区分になり、お給料も、露出度に見合った金額に設定されています。
戦後間もない当時の社会背景を考えれば、生きんがため、家族を養うためにこの道を選んだ子が大半だったわけですから、最初からフルヌード志望の者もいたけれど、着衣ダンサーからスタートし、段階を経てセミヌード、フルヌードへと転向してゆく者もいましたし、中には、収入増のためだけでなく、仕事自体の面白さに目覚め、プロとしての誇りを持ってさらなる高みを目指し、日劇の舞台などへ羽ばたいていった者もおりました。

フランス座をはじめとする東洋興業系の劇場の最大の特徴は、何といっても、ストリップ1時間半、コメディ芝居1時間半という構成にありました。例えば、カジノ座や浅草座のような人気の小屋でも、幕間にちょっとしたコントは演っていた
と思いますが、あくまでもストリップショーの”箸休め”的なスタンスであり、うちのようにストリップと芝居の比重が半々という小屋は、他にはありません。
 
本格的にお芝居をするにあたって、専門職の女優さんも何人か在籍しておりました。後に映画女優として出世した桜むつ子武智豊子谷幹一の奥さんになった玉川みどりなどは、本当にいい演技をして、大人気を博したものです。
文芸部から声がかかり、渥美清の相手役を何本も務めた三島圭子や、三波伸介と結婚した河合洋子など、踊り子と女優の兼任で活躍した者もいます。彼女らは、大変なんですよ!ショーと芝居で3時間、ほぼ出ずっぱりですから。でも、頑張りを見ていてくれる人はやはりいて、主役級ではないものの、映画やテレビにスカウトされるという幸運に巡り逢う事もありましたね。

東洋館〜浅草フランス座劇場〜

歴史あるフランス座(ふらんすざ)の名前でも有名な東洋館。正式名称は「浅草フランス座演芸場東洋館」です。
現在はいろもの(漫才、漫談など)を中心とした演芸場。建物を同じくする姉妹館・浅草演芸ホール(落語中心の寄席)とともに、歴史ある浅草お笑い文化の一角を担う存在と自負しています。「浅草フランス座」以来の伝統を受け継ぎつつ、新しい「お笑いの発信基地」でもある当劇場へのご来場を心よりお待ち申し上げております。
浅草観光の際には是非ご利用ください。


東洋館〜浅草フランス座劇場〜公式ページ