東京の最大の大洪水(おおみず)が明治四十二年で、その翌年の暮れに、併合されたばかりの朝鮮に父親が警察官として赴任した。当時は下谷の車坂に住んで居た両親と二歳半の妹と、私の四人が、瓢箪池の藤棚の下で、本郷の伯父や従兄たちと […]
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浅草誌半世紀・名随筆の足跡<4回・高沢圭一「女剣劇と私」>|月刊浅草ウェブ
おかしなことなぞ、いくらも世の中にあるが、いまでも解らないことのひとつ・・・。ある日、大阪の何劇場だったか忘れたが、このたびはご多忙中を態々と私の劇を観ていただき、花まで贈っていただいて有難う・・・という意味の手紙を貰ら […]
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