年齢(とし)を重ねるに従って、一年の過ぎるのが殊更早く感じられ、まるで何かに追い掛けられているような気さえする。去年の今頃は……? と振り返って見ると、崖っ淵に立つ覚悟で挑戦した新作「お吟さま」を覚えるのに必死だった。夢 […]
続きを読むつれづれの記<第9回>田中けんじ|月刊浅草ウェブ
「なんて情緒があるの・・・」少女のように瞳を輝かせる小祝(こいわい)さんは父島で女酋長と呼ばれている。「小笠原の人たちは「鬼灯(ホオズキ)」知らないのよ、見せてあげたいなぁ・・・」戦前、小笠原諸島父島に生まれ太平洋戦争で […]
続きを読む浅草沢正伝【熱唱篇】<第9回>懐かしの浅草芸能歩き|月刊浅草ウェブ
「動乱渦巻く京洛に、立てた誠の旗印。幕末に散った武士(もののふ)の心誰か知る、あゝ新撰組!」 かつて浅草公園通りにあった〝新国劇ファンの酒処〟沢正の店主、町内の座長こと平野泰之さんのよく通る声が響く。曲は「加茂の河原に千 […]
続きを読む「劇場の裏側ツアー・東洋館編」かつては上下が逆だった⁈寄席時代の名残り<第38回>浅草六区芸能伝|月刊浅草ウェブ
東洋興業会長(浅草フランス座演芸場東洋館)松倉久幸さんの浅草六区芸能伝<第38回>「劇場の裏側ツアー・東洋館編」 前回は、浅草フランス座演芸場東洋館に今なお残る歴史の痕跡をたどる特別企画ということで、演芸ホール内の昔の舞 […]
続きを読む岡本文弥(新内節太夫)の名随筆「気まま黄表紙」<第10回>|月刊浅草ウェブ
○ハナブサ太郎 新派の英太郎といえばどなたもあの小柄なずんぐり太り気味の、そしてあの花柳、水谷の花やかな芝居に、粋な年増で色どりを添えた、なくてはならない役者、その英太郎を思い出すでしょう。数年前になくなりました。いま新 […]
続きを読む浅草誌半世紀・名随筆の足跡<第1回・村上元三「気にしない気にしない」>|月刊浅草ウェブ
いつぞや取材にきた新聞記者に話したことだが、わたしのように時代小説ばかり書いていると、ふっとニの足を踏むときがある。たとえば、江戸のころの市井の言葉づかい、あるいは名称を使っても、若い読者にわからないのではないか、と考え […]
続きを読む「天健」“天健に行きたいから、浅草・六区へ”。全国にファンを持つ、大迫力のかき揚げ!<第22回>まい子のぶらり散歩。
第22回「天健(てんたけ)~天麩羅専門店~」 伝法院通りを六区方面へ抜ける五差路の一角に店を構える、昭和21年創業の「天健」。地元の方々や観光客はもちろん、全国各地から多くの常連さんが訪れる名店です。公会堂や演芸ホールに […]
続きを読む「一大事!」心と表現<第20回>熊澤南水|月刊浅草ウェブ
7月6日㈭、再度那覇空港に降り立ったのは夕方の5時30分、沖宮の関係者の出迎えを受け、近くのホテルでの夕食会に望んだ。先日の第2回「奥武山大琉球神楽」の評判は、前年にも増して上々との事、主催者のご報告を受けながら、おいし […]
続きを読むつれづれの記<第8回>田中けんじ|月刊浅草ウェブ
《人世は一喜一憂・・・。》 7月16日昼のNHKニュース。西洋美術館世界遺産推進協議会委員、石山和幸氏の生々しい声が届く。「トルコイスタンブールのホテルにいます。深夜から戦闘機が低空を飛び爆発音が響きます。世界遺産国際会 […]
続きを読むあさくさ交遊録<第9回>稲川實|月刊浅草ウェブ
吉村平吉先生から直に伺った話によると、酔狂連そのものは昭和42年の9月、お好み焼きの「染太郎」での顔合わせが始まりで、何と「松茸をたらふく食う会」だったというから面白い。松茸の仕込みには、朋友「かいば屋」の熊谷幸吉さんが […]
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