岡本文弥(新内節太夫)の名随筆「気まま黄表紙」<第12回>|月刊浅草ウェブ

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◆先代朝重さん

先代の朝重師匠は実力者で美人で抜群の人気があり、知事さんと結婚して芸を棄てたが夫君の死後再起を図る。縁は異なもので私の後継者松本寿子さんと親しく、連れだって私を聴きに本牧亭へも時々見えた。いち早く婦人参政権を主張した弁護士、鼻めがねで有名な松本君平氏の婦人寿子さんです。上野鈴本の支店が駒込にあった。駒込の鈴本、略して駒鈴、落語の定席だが女義太夫の一座もよく出る。松本邸が駒鈴のすぐ裏で、義太夫好きの夫人の部屋へ女義連気らくに出入りする。つまり先代朝重とは旧知の間柄です。再起を目ざしたけれど時代も移り変って再び花咲くことなく他界、寿子夫人もすでにこの世の人ではない。
若い朝重さんはおそらく先代をご存じないかとも思うのですが、どうでしょう。

信号が青になり、朝重さんが笑顔でバイバイの手を振ってくれる姿が遠くなり、程なく原宿ヤングの町、Mさんに感謝して下車、若人右往左往の中を、近くのマンションに住む踊りの師匠の三階稽古場に辿り着く。

◆恐るべし々々

産院の院長さんが私の新内で、もう何年続いているか、毎年一度踊られる、その下ざらい。高齢の院長さんが美しく変身して舞台で踊られる、その楽しさいかばかりと私まで一所懸命出語りを勧めるといういう次第です。
元来「芸」は楽しくあるべき筈のもの、商売となると責任を感じるし、苦しみになることも多い。いわゆるアマチュアの方々も、いろんな意味で苦労や不快感を経験されるでしょうが何よりも「楽しみ」に徹するよう心がけて頂きたくゆめゆめ「批評家」にならぬよう用心して下さい。批評は陰口や悪口になり易く、ほめるよりくさすほうが面白いから結局「楽しみ」から遠くなる。恐るべし々々 。

◆招かざる客

十年も前のことだけれど浅草の花街で「宮薗ぶしが聴きたき」という私に、顔見知りの芸者衆が「ああ、丁度今夜—」と、いとも気軽に私も知っている待合茶屋へ案内してくれました。二階座敷でもう演奏が始まっていて、障子のかげで拝聴していると「さあ、おはいり、さあさあ」に甘えてお仲間入りしたのですが、ずっと銘々膳が並んでいる。気が付くと遠藤為春とかお歴々の顔ぶれで私はそれこそ「招かざる客」の肩身の狭さ、宮薗ぶしの妙味の何のその、いつかこそこそと退散したのですが恐らく当時では一人何千円会費の愛好家のお楽しみ会だったのでしょう。あと味の悪いことでした。

◆邦楽とどんぐり会

新宿の紀伊国屋ホールにあの界隈の邦楽好きの商店主や社長さんたちの大会とあり、どんぐりの背くらべをもじって「どんぐり会」というのも洒落ていますが番組の進行、客の接待など万々の気くばり手なれたものでアマチュアの楽しみ会、かくあるべしと感心を致しました。私は門入の演奏を中心に何番かを聴いたに過ぎませんがその中で常磐津岸沢式満佐子さんの三味線に心惹かれて

【そよ風に荻そよぐ如弾きにけり】
【すなおさの身に沈む三味を弾きにけり】

また紅屋水村千代さんの小唄を弾いた井筒万津江師匠に今更ながらの思いを寄せて・・・

【弾く構えあだかも菊のふぜいかな】
【爪弾きのささやく音締め秋思とも】

九月十二日、台風荒れ狂う昼でした。

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