【浅草の寅さん、み〜つけた♪】金澤光春(木馬亭)こやたの見たり聞いたり<第22回>月刊浅草ウェブ

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 私が「この人、寅さんに似ている」とこっそり思い続けている友人がいる。浅草の演芸場「浅草木馬亭」の浪曲公演(毎月1日〜7日)に行くと、彼はたいてい木戸番に座っている。仲入り(休憩)の時間になると、巧みな話術でアイス最中や飲み物を販売したりもする。エプロン姿がよく似合う、見るからにいい人だ。義理人情に厚く、不器用で、とてもシャイなところも寅さんのイメージと重なる。対面で喋っていると、容姿もどんどん寅さんに見えてくるから不思議だ。

 彼の名前は、金澤光春(43歳)。金澤さんは茨城県に生まれた。小さい頃から人見知りで、他人の顔色を伺い、いつも失敗したらどうしようと不安を感じているような子どもだったから、大勢の友達とワイワイ遊ぶよりも家でテレビを見て過ごす方が好きだった。当時、小学校の同級生たちは戦隊ヒーローに夢中だったが、金澤さんは土曜ワイド劇場の江戸川乱歩や西村京太郎シリーズ、ひょうきん族、カトちゃんケンちゃんなどのテレビ番組に夢中だった。『太陽にほえろ』の主役を演じていた石原裕次郎をきっかけに映画を見始めて、小学5年生の時には小津安二郎、ヒッチコック、黒澤明といった映画に夢中になり、小学6年生で『男はつらいよ』を大好きになった。特に、人間の不可思議が描写されている作品に強く心を惹かれたという。本を読むのも好きで、川端康成、谷崎潤一郎、永井荷風、寺山修司を好んで読んだ。そんな子どもだったから、当然同級生の友達は少なく、むしろ親や先生と話が盛り上がった。金澤さんのご両親は特に映画好きというわけではなかったが、金澤さんが「行きたい」と言うと、銀座の並木座という映画館によく連れて行ってくれた。

 大きくなるにつれて「自分は他人とは違う」という自負が芽生え始め、心の中でプライドが高かった時期もある。だが、人一倍社会の役に立ちたいと願いながらも、就職に失敗したことで大きな挫折を味わった。その後は派遣社員として働きながら、自分には何が向いているのだろうかと模索する日々が続いた。仕事以外で楽しみを見つけようとした。

 20代の頃は歌舞伎が好きで毎月歌舞伎座に通っていたが、30代のある時浅草木馬亭で浪曲を聴いて感動し、木馬亭に通うようになった。歌舞伎も浪曲も同じ題材を上演することがあるが、浪曲は特有の節回しによって、人間の心情がより深く抉り出される。木馬亭に通い始めて2ヶ月後、天中軒雲月師匠の浪曲「佐倉義民伝・妻子別れ」に衝撃を受けて大ファンになり、浪曲一筋にのめり込むようになった。困っている人々を助けたり、親孝行をしたり、義理人情に生きたりと、浪曲で語られる登場人物たちが誰かのために尽くす姿に「これぞ男の教科書だ」と思った。今日の金澤さんの人情味に溢れる人柄は、浪曲に影響されたところもあるのかもしれない。浪曲の常連客として通っているうちに、雲月師匠から信頼されるようになり、お手伝いを頼まれ、それが木馬亭の受付で働くきっかけになった。私が金澤さんと出会ってから、かれこれ10年くらい経つが、いつも変わらず真面目で義理堅い。だから周りから信頼されるのだろう。これまで何度も「不義理なことをしたら、雲月師匠の顔に泥を塗ってしまうから、絶対にそんなことはできないんです」という言葉を耳にしてきた。

 浅草は、生きるのが不器用な人でも、就職に失敗した人でも、人間関係が苦手でも、どんな人をも受け入れる懐が深い街である。捨てる神あれば拾う神あり。金澤さんを見ていると、気取らず、あるがままの自然体でいいんだと思わせてくれる。好きなものは好きだからそれをまっすぐに貫く。見ている人はちゃんと見ていて、温かく見守ってくれる。情けは人の為ならず。話を聞きながら、私も真っ直ぐに生きていきたいと改めて思った。

 ちょうど今年は、浪曲界の大スター桃中軒雲右衛門(とうちゅうけんくもえもん)の生誕150年という節目の年である。この機会に、浅草木馬亭で行われる浪曲に足を運んでみてはいかがだろうか。エプロン姿の浅草の寅さんが、みなさんのご来場を待っている。
木馬亭 – 木馬亭 (coocan.jp)

【記事の投稿者】
麻生子八咫(あそう こやた)

プロフィール 1985年生まれ。幼少期より父・麻生八咫の活弁の舞 台を見て育つ。 10歳の時に浅草木馬亭にて活弁士としてプロデ ビュー。2003年には第48回文部科学大臣杯全国青 年弁論大会にて最優秀賞である文部科学大臣杯を受 賞。2015年日本弁論連盟理事に就任。2016年麻生 八咫・子八咫の記念切手発売。2020年3月東京大学 大学院総合文化研究科博士課程を満期退学。 著作には、『映画ライブそれが人生』(高木書房、 2009)麻生八咫・子八咫共著がある。劇中活弁、方言活弁、舞台の演出・脚本、司会等、さまざまな舞台 活動を行う。英語公演にも力を入れており、海外で はアメリカ、カナダ、韓国などでの公演などがある。
月刊浅草副編集長

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