「沢 竜二(さわ りゅうじ)」の波乱万丈俳優記<第8回>月刊浅草ウェブ

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<其ノ八~堺駿二の壮絶な死と辰巳柳太郎の役者魂~>

恩師・森川信の申し出に悩み抜いた末、私はとにかく今の状況と心情を正直に伝える他に道はない、と腹を括った。
「勿体ないお話ですが、俺には家庭があるので、お受けすることは出来ません。…でも俺は、ずっとここにいますから。役者としては一生オヤジの傍でやっていくし、弟子としてお嬢さんのことも、しっかりと支えてゆきます。」
それが私に言える精一杯の、そして心からの言葉だった。
疎遠も覚悟の上だったが、気持ちは充分伝わったようだ。その後、信頼関係はいっそう深まり、一緒に過ごした濃厚な時間の中で、私たちは多くの出逢いと別れ、貴重な経験や思い出を共有することとなった。
なかでも特筆すべきは、共演者の堺駿二さんが公演中に亡くなるという、衝撃的な出来事だろう。

昭和43年8月10日、新宿コマ劇場。その日も堺さんは普段と何ら変わりない様子で観客を沸かせていた。ところが袖に引き上げた瞬間、意識を失って倒れてしまったのだ! その場に居合わせた私は面喰ったが、無理やりにも心を落ち着かせて救急車を呼び、それからオヤジの楽屋へ報せに走った。あまりのことにオヤジも心臓がおかしくなったが、とっさに自身の肌身守りを取り出し、”これを堺さんに”と私へ託す…フーテンの寅の〈おいちゃん〉は、そういう優しい人だ。それに引き換え、ほどなく到着した救急隊員の、なんと冷淡なこと。瞳孔を確認すると事務的に臨終を告げ、ものの3分とたたぬ間に帰ろうとするではないか。私はその態度にブチ切れ、思わず大声を上げ、掴みかかってしまった。あわやお縄か…という事態になったが、そこはお巡りさんの温情で、丸く収めて頂いた(苦笑)。
舞台裏でどんな事が起きようとも、芝居は続行される。何も知らないお客さんの笑い声が、はるか遠くに聴こえた。

堺さんの葬儀はコマ劇場で大々的に行われ、私も共演者として棺を担いだが、花道を通って表玄関から出棺する際、”俺もいつか大俳優となって、こんな風に大勢の人に惜しまれつつ逝きたいものだ”と強く願った。
森川のオヤジが60歳の若さであっけなくこの世を去ったのは、それからわずか4年後のことだった。

『人の命に限りはあるが、芸の命は終わりなし』
私の芸人としての根幹をなす、大切な言葉だ。この言葉を体現するが如く、それぞれの生き様から学びを与えてくれた大先輩達との、悲しい別れ。30代も後半に差し掛かっていた私は、役者としては伸び盛りだった一方で、大事な人を次々と亡くす喪失感に打ちのめされてもいた。

そんな時代に親しくなり、後の俳優人生に大きな影響を与えたもう一人の名優が、新国劇の辰巳柳太郎。ド近眼で痔主(!)の私が俺によく似ているからと(笑)、随分可愛がり、役者としての心得を仕込んでくれた恩人だ。

辰巳先生は、本番中の舞台上で眠ってしまうことがよくあったという。「大菩薩峠」の劇中、落下したらお陀仏というほど高い所で眠る場面でも毎回熟睡してしまい、下から若い衆に竹竿でつついてもらったというから驚きだ。
「よく目が覚めた瞬間に、パッと台詞が出てきますね。もしも寝ぼけて違う台詞を言ったら、どうするんですか!」
「馬鹿野郎、役者ってのは、そういうもんだ。起きたらこの台詞を喋るって、脳が、身体が、既に知ってる。すべて身についているんだよ。そこまでやらなきゃ駄目なんだ!」
含蓄のあるこうした話のひとつひとつに、はっとさせられたものだ。先生の役者魂は無意識のうちに私の中に流れ込み、やがて血肉となっていったのだ。その意味でこの方もまた、間違いなく大切な“オヤジ”の一人だと思った。

今回はどうも、湿っぽい雰囲気になってしまった。しばらく役者仲間の話が続いたことだし、次回はとびきり華やかな、あの方について語るとしよう。
昭和を代表する演歌界の大スター、村田英雄
なんせステージの外でもすこぶる面白く、喫茶店でコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れながら、
「おい竜坊、やっぱりコーヒーはブラックに限るな!」、と。
これには私も、笑ってしまった…!

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