欄干から無理やり引きはがされ「痛いじゃありませんか。怪我でもしたらどうするんだ!」という文七へ「川へ飛び込んだら命がなくなるんだぞ!痛えのは結構じゃねえか」と返すのを皮切りに、事情を聞いて「誰か来ねえかなァ、ゆずるよ」「ばか正直なんだなァ、手めえは……」「ものは相談だが、三十両に負けられねえか」と二人の位置や視線の高さを縦横に変えながら落語ならではの名文句が続き、やがてめでたいのに涙が出る結末を迎える。
登場人物は由緒正しい市井の人ばかり。文七、女房と娘、情に厚い佐野槌(吉原の大見世)の女将、近江屋の主人と番頭……。借金苦に仕事もせず、女房に当たり散らす長兵衛も「今ここで、五十両ねえと死ぬってえからやるんだ」と、吾妻橋で何より尊い命を救う。小気味良い語り口に人柄が鮮やかに浮かぶ、古今亭志ん朝落語の真骨頂だ。
三遊亭圓朝作と伝えられる本作は歌舞伎でも演じられ、今は昔の昭和五十年代前半、歌舞伎座での二代目尾上松緑(長兵衛)と三代目尾上多賀之丞(お兼)の夫婦喧嘩、当時の市川海老蔵(後の十二代目團十郎)が演じた一途な文七も忘れ難い。
「文七とお久が一緒になりまして、麹町貝坂に元結屋を出したという「文七元結」の一席でございます」と志ん朝師が語るのが千代田区平河町の貝坂ならば、貝塚古墳のあった場所。髷(まげ)を束ねる元結、水引などに貝殻を原料とする胡粉(ごふん)が用いられることから、店を出す場所として設定されたのではないか……、と考えている。
(写真/文:袴田京二)
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