’08年区と議会・民間の3者が官民挙げて登録活度を開始。石山さんは手弁当で毎年フランスのル・コルビジェ財団を訪れ、台東区の期待と区民の活動を報告。「国際世論を一緒に盛り上げよう」と訴えてきた。辞職の知事とは大違いである。芸術館前ではお花見・お茶会を開いたり、街頭にのぼり旗や横断幕・パンフレットで機運を高め、「国立西洋美術館を世界遺産に!」と呼びかけた。
熱心な活動も道のりは平坦ではなく、’09・’11年の申請についてイコモスからは、「推薦は認められない」と厳しい勧告を受けた。それをはね返したのが地元の熱意。3度目の挑戦の姿。「地元コミュニティーの積極的な参画が認められる」と再度の審議が行われた。さすが水産スッポンの石山さん面目躍如である。
ーイコモス(ユネスコ諮問機関)からは改めて地元の期待度、盛り上りが問われた。そこで区は’11年12月上野公園を景観形成特別地区とする景観計画を策定。周辺の建物の色彩を制限する保護に努め、JR上野駅路線を挟んだ東側の地区も「著しく突出した高さの建物の建設は避ける」とした。
更に’13年「上野『文化の杜』新構想推進会議」を設立。東京都は’20年のオリンピック・パラリンピックを目標に、現在の倍にあたる年間三千万人の集客を目標に掲げた。
区の予算も昨年度までに約八千万円をPR費用に投じ、本年度も約一億二千万円の関連費を盛り込んだ。講座やパネル展、区民の足めぐりんは車体に「国立西洋美術館を世界遺産に!!」と期待を込めてラッピングバスが奏功する。ちなみに西洋美術館から至近にあるのが東西めぐりん㉒浅草行②谷中行バス停。
更に推進議会は上野駅改札を北側に70m移転を提言。皇室専用口が近くにある為折衝中であるが前向きに推移している。実現すれば正面に西洋美術館、東京文化会館と名実共に上野山は国際的な文化の杜となるー。
ー文化庁は5月17日、フランス人建築家ル・コルビジェ(1887~1965)が設計した国立西洋美術館本館など7ヵ国17件の建築作品について、国際記念物遺跡会議(イコモス)に勧告したと発表した。7月10日からトルコのイスタンブールで開かれるユネスコ世界遺産会議で正式決定される可能性が高い。
美術館の収蔵作品もロダンの彫刻「考える人」・モネの「睡蓮」など、多く5500点。
松方幸次郎が欧州で収集した印象派の絵画など数百点は、日本の敗戦で敵国資産としてフランスに押収されたが、吉田茂の交渉で返還に至った。松方コレクションを返還する条件としてフランス政府は専用美術館の建築を要望。白羽の矢を立てたのが20世紀を代表する近代建築の巨匠ル・コルビジェであった。
55年に設計のために来日、’59年6月に開館した。一見、どうということのないような「四角い箱」は、1階部分を柱だけで構成する「ピロティ」などが特徴。近代建築を成り立たせる5原則を普遍的に認めた傑作である。昨年度の年間入場者は67万7000人。
ー服部征夫区長を中心に区の動きは迅速だ。5月17日イコモスの勧告を受け、「19日広報たいとう」の号外を発行。7月10日の40回世界遺産委員会の模様は区役所でライブビューイングする予定。10月中旬には関係者向け記念式典。下旬に上野公園噴水広場で2日間にわたり盛大に記念イベントを開催する。
国内20件目。東京都内では初の快挙とあって区民の思いは熱い。今年の「うえの夏まつり」は盛り上がりそうだ。
ー毎年のように誕生する世界遺産。喜ばしいニュースに湧くが少なからず違和感もある。
本来世界遺産は、「人類の足跡を後世に残す」ことが理念である。ところが近年は、観光振興や経済的利益の欲求が高まり、「町おこし」の材料に傾きがちである。あまりに増えても価値が下がる。〝ゲップ!〟今後は遺産過多もほどほどに・・・。
(田中けんじ, 2016年)
田中憲治 デザイン事務所「レタスト」http://www.letterst.jp/profile/index.html
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