【奇跡の音が響く映画館】こやたの見たり聞いたり<第10回>月刊浅草ウェブ

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大好きな場所が突然消えた。2022年8月10日深夜、福岡県北九州市小倉北区にある旦過市場で、今年2度目の大規模火災が発生した。そして翌日、小倉昭和館が全焼したというニュースが全国的に報道され、多くの人の心を震撼させた。10日後には創業83年を迎えるはずだった小倉昭和館が、まさか全焼するとは…。

小倉昭和館は、創業者である樋口勇氏によって昭和14年に開館した映画館だ。片岡千恵蔵や高倉健をはじめ、多くの名優や映画監督と交流が深く、長きにわたって地元の人々に愛され続けてきた。もちろん、無声映画に声を吹き込む活弁士にとっても小倉昭和館は聖地である。現代はデジタル化が進み、全国のほとんどの映画館はデジタル上映であるが、小倉昭和館は35ミリ映写機が2台と、熟練の映写技師さんがいる貴重な映画館だ。客席は傾斜が大きくてスクリーンが見やすい。椅子も幅広で、ゆったりと座れる印象だ。建物は古いけれど、綺麗に清掃されていて心地いい。ロビーには、著名人たちのサイン色紙やポスター、関連記事などがとても見やすく掲示されていて、来場者を退屈させない。

2019年に小倉昭和館が創業80周年を迎えた時には、片岡千恵蔵主演『瞼の母』と『チャップリンの冒険』を麻生八咫・子八咫で活弁上演した。ちょうど周防正行監督作品『カツベン!』の公開が迫っていたこともあって注目度も高く、大盛況だった。しかし、あのとき賑わったのはそのためだけではない。小倉昭和館にはとても温かいファンがついていた。

私が実際に小倉昭和館の舞台に立ってお客さんと対面し、最も驚いたのが拍手の音だった。時間になり、まず館主の樋口智巳さんがご挨拶をして会場の空気を温めた。来場者を温かく歓迎してくれるから、客席がホッと一息つくのが分かった。それから麻生八咫・子八咫を紹介してくれて、いざ登場という段になった。一歩足を踏み入れた時、会場にとても優しい歓迎の拍手が起こった。それはまるで奇跡の音だった。拍手というのは、だれから教わるものでもないが、不思議と送り手の心が直接伝わるものである。小倉昭和館のお客さんの拍手は、他に類を見ない一期一会の優しい音だった。その拍手の音で、その日のお客さんがとても素敵な人たちだと伝わってきたから、一層楽しませたくて、普段よりもいいパフォーマンスができたようにも思う。舞台は生モノだから、お客さんの笑顔や拍手が演者に元気を与える。

翌年2020年は新型コロナウィルスの蔓延によって、小倉昭和館も臨時休業を余儀なくされた。私たち芸能者たちにとっても、苦難の時代となる。数ヶ月間、全ての仕事が中止となり、呆然としていた時に、真っ先に公演の機会を作ってくれたのが小倉昭和館だった。しかも、オンラインで弁士と劇場を繋ぐという当時非常に新しい試みで、劇場にお客さんが集まり、弁士の八咫と子八咫はオンラインで昭和館のスクリーン上に登場した。客席は空間をあけて人数制限をし、全員マスクを着用していたので表情はわからない。しかし、それでもあの優しい拍手の音を聞くことができ、私たちの活力となった。私は、あの奇跡の拍手の音を一生忘れない。

昔は「映画を見にいく」といっても、映画館ごとに特色があったから、どこの映画館で映画を見るかというのも楽しい選択の一つだった。もちろん、現在主流となっている複合型映画館(シネマコンプレックス)で映画を見るのも楽しい。けれど、思わず拍手が湧き上がるような、周りの人たちとの交流が生まれてくるような単館の映画館で見るのもまた格別の楽しさがある。

かつて日本一の映画興行街だった浅草だが、今や一軒もない。映画館ではないが、今月は浅草東洋館で10月29日(土)に「浅草活弁祭り」が催される。19時開演。演目は、『豪遊ロイド』、『血煙り高田の馬場』、『実録忠臣蔵』などだ。
浅草を盛り上げるさまざまな演出も用意している。出演は、麻生八咫、麻生子八咫、栗田真帆、他。
皆様とお目にかかれる一期一会の瞬間を楽しみにしている。

【information】
「浅草活弁祭り」10/29(土)19時~浅草東洋館 
チケット3500円。お問合せは☎048-922-5078、またはメールinfo@katsuben.com迄。

(月刊浅草・令和4年10月号掲載)

【筆者紹介】
活弁士・麻生子八咫(あそうこやた):父麻生八咫に弟子入りし、10歳の時に浅草木馬亭で活弁士としてデビュー。
活弁は、サイレント映画に語りをつけるライブパフォーマンスです。どうぞよろしくお願いします。

※写真の転載を固く禁じます。

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東洋館〜浅草フランス座劇場〜

歴史あるフランス座(ふらんすざ)の名前でも有名な東洋館。正式名称は「浅草フランス座演芸場東洋館」です。
現在はいろもの(漫才、漫談など)を中心とした演芸場。建物を同じくする姉妹館・浅草演芸ホール(落語中心の寄席)とともに、歴史ある浅草お笑い文化の一角を担う存在と自負しています。「浅草フランス座」以来の伝統を受け継ぎつつ、新しい「お笑いの発信基地」でもある当劇場へのご来場を心よりお待ち申し上げております。
浅草観光の際には是非ご利用ください。


東洋館〜浅草フランス座劇場〜公式ページ