「動乱渦巻く京洛に、立てた誠の旗印。幕末に散った武士(もののふ)の心誰か知る、あゝ新撰組!」
かつて浅草公園通りにあった〝新国劇ファンの酒処〟沢正の店主、町内の座長こと平野泰之さんのよく通る声が響く。曲は「加茂の河原に千鳥が騒ぐ/またも血の雨涙雨・・・」でお馴染みの「あゝ新撰組」。 横井弘作詞、中野忠晴作曲により昭和30年、三橋美智也が歌ってヒットした。店主の数あるレパートリーの中でも、お客の人気が高い一曲だった。
冒頭のナレーション、曲の合間に入る‛せりふ′はすべて平野さんのオリジナルで、演奏時間にピタリとはまる。一番が終わり、間奏になると池田屋へ斬り込む近藤勇のモノローグだ。
「近藤勇。畏(おそ)れ多くも帝のおわします、京の都を乱さんとする不逞(ふてい)の浪士は捨て置かんぞ。今宵、目指すは三條小橋池田屋。一同の者、行くぞ!」
ここで手にした愛刀(舞台用)を高く掲げると、客席から「沢正!」の声がかかる。夜な夜な・・・といっても店の忙しさ、お客の顔ぶれなどによってマイクを握っておられたと思う。芝居や歴史の話題、カラオケを好む顔ぶれかどうかなど、つねにその場の空気に気を配る人でもあった。
2番の歌詞は「ともに白刃を淋しくかざし/新撰組は月に泣く」と、鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍に加わり、多くの死傷者を出した新撰組の心情が綴られる。そして、戊辰戦争のはじまりとなったこの戦いから隊士の指揮を執り、函館で最期を迎える土方歳三の思いがラストへとつながっていく。
「土方歳三。もはや箱館(函館)もこれまでか・・・。近藤さん、待っていてくれ。間もなく俺も、おぬしのもとへいくぞ」
語りに続き、3番の「菊のかおりに葵が枯れる」から「変わる時勢に背中を向けて新撰組よ何処へ行く」まで一気に歌うとエンディングの演奏となり、次のように締めくくられる。
「時、明治2年。土方歳三、箱舘において死す。享年35歳」
以上、沢正さんが語る部分は表記も含めて筆者の記憶をたどったもので、不正確なところがあるかもしれない。通常は「享年35」とすることが多いのだが、言葉のリズムを考えて「歳」を加えたのではないかと想像している。
>次ページ「「土方さん、知り合いですか?」と返され、なるほど言われてみればその通りだと思った」