「ヨソ者とはいえ、戦前からずうっと浅草底辺部に生きてきて、277票とはナサケない。それも野坂さんとか永さんとかの人気者に応援してもらったのに、この程度ではまったく面目ない。と、舞台に上った高揚感醒めやらず、役者の素質のな […]
続きを読む吉村平吉
あさくさ交遊録<第11回>稲川實|月刊浅草ウェブ
第一回の立候補に際し、有権者に送り付けられた公認葉書が、数葉遺されているので、ぜひご披露させていただきたい。(写真参照) 「さまざまに移ろいゆく世のならいなれど隅田に映す月の影さえ心なし汚臭をにじませて、今僅かに残るは、 […]
続きを読む見返り柳に思いを馳せて<第13回>懐かしの浅草芸能歩き|月刊浅草ウェブ
「土手の柳は風任せ好きなあの子はくちまかせええしょんがいな……」現在は改修されて自動車が行き交う、土手のない「土手通り」を歩いた時、ふと「大江戸出世小唄」(湯浅みか作詞、杵屋正一郎作曲。歌詞は藤田まさとの変名)の一節が浮 […]
続きを読むあさくさ交遊録<第10回>稲川實|月刊浅草ウェブ
吉村先生は、『吉原酔狂ぐらし』の中の「区会議員選挙病」で、こんな風に語っている。 「われながらナンセンスな軽演劇的人生を送ってきたものだと思うのだが、そのもっとも象徴的なハチャメチャのハイライトが昭和46年の台東区議会議 […]
続きを読むあさくさ交遊録<第9回>稲川實|月刊浅草ウェブ
吉村平吉先生から直に伺った話によると、酔狂連そのものは昭和42年の9月、お好み焼きの「染太郎」での顔合わせが始まりで、何と「松茸をたらふく食う会」だったというから面白い。松茸の仕込みには、朋友「かいば屋」の熊谷幸吉さんが […]
続きを読むあさくさ交遊録<第8回>稲川實|月刊浅草ウェブ
吉村先生の『吉原酔狂ぐらし』(三一書房・1990年)に、「酔狂連赤線忌」という項がある。「戦前ならぬ線前の人間にとって、赤線の灯の消えた3月31日という日は、やはりなにかと感慨深い。春浅きこの日、かの赤線といえるものの容 […]
続きを読むあさくさ交遊録<第7回>稲川實|月刊浅草ウェブ
筑摩書房の「ちくま文庫」から出る『吉原酔狂ぐらし』(2003年)については、企画段階から聞かされていたので、「本のカバーは、滝田ゆうさんの遺作の中から、酔狂ぐらしにふさわしい絵を探し出し、文庫本の表紙を飾りましょうよ」と […]
続きを読むあさくさ交遊録<第6回>稲川實|月刊浅草ウェブ
吉村先生の3冊目の本は『浅草のみだおれ』で、平成9年(1997年)三一書房から出版されている。装丁 久保志子、イラスト 久世アキ子、写真 立木寛彦となかなか贅沢な本である。イラストの久世アキ子さんは、吉村先生絡みの古くか […]
続きを読むあさくさ交遊録<第5回>稲川實|月刊浅草ウェブ
吉村平吉先生は、昭和48年(1973)『実録・エロ事師たち』(立風書房・装画カット・滝田ゆう)を単行本化したのが処女作である。しかし何故かその8年後、昭和56年(1981年)9月にも、内容そのまゝで、『実録・エロ事師たち […]
続きを読むあさくさ交遊録<第4回>稲川實|月刊浅草ウェブ
吉村平吉先生は、10歳も年下の野坂昭如さんを、畏敬の念をもって対し、変わらぬ友情を育てゝいたから、お二人の仲は、素晴らしい関係だったと思っている。吉村先生の処女出版『実録*エロ事師たち』(立風書房1973年)は、当時売り […]
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