浅草には、笑いの伝統がある。流行りの言葉でいえば「レジェンド」である。「笑いの殿堂」もある。浅草演芸ホール、東洋館、木馬亭、ゴロゴロ会館。このほかにも大小様々な施設ができている。浅草公会堂では漫才大会が開かれたり、喜劇が […]
続きを読むあさくさ交遊録<第12回>稲川實|月刊浅草ウェブ
「ヨソ者とはいえ、戦前からずうっと浅草底辺部に生きてきて、277票とはナサケない。それも野坂さんとか永さんとかの人気者に応援してもらったのに、この程度ではまったく面目ない。と、舞台に上った高揚感醒めやらず、役者の素質のな […]
続きを読む吉原あれこれ<第1回>野一色幹夫(のいしきみきお)|月刊浅草ウェブ
「―オジさんたちァ、ウマくやったよなァ…。だって、そうじゃないか。浅草で生まれて育ったンだから、吉原は近いし…サ、安く、手軽に遊べたじゃないか。シャーワセだよ」 若いひとたちによくそういわれるが、吉原をはじめとするもろも […]
続きを読む「竜小太郎」芸に滲み出る人柄も魅力。浅草が生んだ大衆演劇界の星!<第28回>まい子のぶらり散歩。
第28回「竜小太郎(りゅう・こたろう)~俳優~」 今回は、浅草が生んだ大衆演劇界のスーパースター・竜小太郎さん。主演舞台千秋楽の楽屋へお邪魔し、貴重なお時間を頂戴してのインタビューとなりました。めまぐるしい忙しさの中嫌な […]
続きを読むあさくさ交遊録<第11回>稲川實|月刊浅草ウェブ
第一回の立候補に際し、有権者に送り付けられた公認葉書が、数葉遺されているので、ぜひご披露させていただきたい。(写真参照) 「さまざまに移ろいゆく世のならいなれど隅田に映す月の影さえ心なし汚臭をにじませて、今僅かに残るは、 […]
続きを読む浅草誌半世紀・名随筆の足跡<第7回>・原奎一郎「浅草生まれの母」月刊浅草ウェブ
母は浅草の生まれというところから、つねづね江戸っ子であることを自慢にしていたから、戸藉しらべをしてみると、父親は陸中岩谷堂の出身、母親は能登輪島の産というから、とうていサラプレッドの江戸っ子とはいい難い。事実、火鉢を「し […]
続きを読む【浅草文庫講演会の記録】<第6回>原えつお|月刊浅草ウェブ
~『浪曲と浅草』より・桃中軒 雲右衛門(とうちゅうけんくもえもん)⑥~ ◆『浅草文庫』は、浅草観光連盟が昭和52年に設立した、浅草に関する文献やさまざまな資料が収蔵された私設図書館でした。(平成23年、惜しまれつつ閉館。 […]
続きを読むつれづれの記<第12回>田中けんじ|月刊浅草ウェブ
額に汗して〝エッチラホッチラ〟リヤカーの絵瓶が揺れている。街頭に絵を描いて十五年、アーチやサインポール、シャッター壁画と百枚近くになっている。「何んのため?」勿論食わんがため、まして絵が好き、そして生きる実感達成の一時( […]
続きを読む見返り柳に思いを馳せて<第13回>懐かしの浅草芸能歩き|月刊浅草ウェブ
「土手の柳は風任せ好きなあの子はくちまかせええしょんがいな……」現在は改修されて自動車が行き交う、土手のない「土手通り」を歩いた時、ふと「大江戸出世小唄」(湯浅みか作詞、杵屋正一郎作曲。歌詞は藤田まさとの変名)の一節が浮 […]
続きを読む猿若三座〈第6回〉絹川正巳|月刊浅草ウェブ
七段目の「お軽」を扱った小唄をひとつ。 〽吊灯篭の明かりに照らし、読む長文を二階から、余所の恋よと延鏡、かざすはずみに顔と顔間男があるなら添わしてやろうせめて三日と手を取って、九ツ梯子かるがると身請けされる […]
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