「一葉の恋」心と表現<第16回>熊澤南水|月刊浅草ウェブ

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「折角勉強して来た一葉作品です。何とか皆さんに見て頂ける形にして届けたいのです。」私に異存の有る筈もなく、構想は着々と進んで稽古にも熱が入り、今、開幕間近となっている。

「一葉の恋」と云う表題の下、短い生涯の中で、たった一度彼女の心に宿った師、半井桃水への思いを中心に、プログラムを組んでみた。第一部は発案者のお二人坂本、松島の両名による朗読劇「一葉の恋」、劇団新派の演出家成瀬芳一氏の構成、演出ということになった。成瀬氏も朗読文化協会の講師として尽力下さり、これまでにも協会員が出演した舞台、「鶴八鶴次郎」「ふるあめりかに袖は濡らさじ」などの演出も手掛け好評を博している。今回は昭和41年、初代水谷八重子森雅之の両名で上演した。北條秀司作「明治の雪」を中心に「たけくらべ」「やみ夜」「雪の日」、の3作品を織り込んだ成瀬氏の創作朗読劇である。

中嶋歌子の主宰する歌塾「萩の舎」で、代稽古を務めて得る僅かばかりの給金では、母と妹との暮らしは到底成り立たない。17歳の方に重く伸し掛かった、相続戸主と云う立場に苦悩する日々。そんな折も折、萩の舎の先輩、田邉龍子が「薮の鶯」という小説を書いて多額の原稿料を手にした事を耳にし感化される。口を糊する為に志した小説家への道は、しかし、生易しいものではなかった。やがて、妹邦子の友人野々宮きく子の紹介で、朝日新聞の小説記者半井桃水と出合う。

一葉、19歳の春だった。

妻を亡くし弟妹を引き取っての独身生活をしていた桃水はこの時31歳、世の分別を身につけた大人である。佐久間町の師の宅へ原稿を持って通う内、仄かな恋心が芽生えたとしても、何の不思議も無い。だが、通俗小説家だった桃水は、一葉が持ってくる王朝文学的な作品に対し、もう少し俗っぽいものを、と要求するが一葉の中にあるこだわりがそれを受け入れず、売れる作品には程遠かったのである。

一葉の内にある恋心とは別に、桃水は彼女の才能を高く評価している。その証拠に、彼は私費を投じて「武蔵野」という同人誌を発刊している。若い作家達の発表の場、という大義名分があったにせよ、彼女の作品を世に出す事が第一の目的だったとみられる。しかし、残念ながら3刊で廃刊となり、「闇櫻」「たま欅」「五月雨」が掲載されたのみとなった。

同じ頃、萩の舎で桃水との仲を疑われ、師の中嶋歌子の耳に届いて、次第に距離を置くようになっていくのである。〝世間の口に戸は立てられぬ〟の諺通り、何の言い訳も出来ないまま、師の前から姿を消したが、胸に秘めた恋の灯りが消えることはなかっただろう。

24年と云う短い人生の中で、彼女が一番幸せだったのが、明治25年2月4日だったと私は思う。この日の日記に書かれた一文は、正に一編の短編小説の如く、喜びと恥じらいに満ちたものであり、やがて「雪の日」という小説に生まれ替わっていく。小説家の醍醐味は、自分の出来なかった事を、作品の中でやらせて見せる。そして、やらなかった自分の正当性を証明する。「雪の日」に投影された〈あの日〉の自分、作中の人物には自在に遊ばせ、奔放な生き方をさせて、最終的には暗い結末へと結ぶ。ほくそ笑む一葉の姿が見える。

朗読劇の後、解説の役を引き受けて下さるのは澤田章子先生。一葉研究家としてご活躍の先生とは、30年以上の親交がありいつも助けて頂いている。柔らかく優しい話しことばでの解説は、難解だと思われている一葉文学に、新たなファンを引き込んで下さる事と期待している。一部の舞台、要所で奏でられる作山貴之氏のギターの音色も美しい。

休憩を挟んで、二部は私の出番となる。

内なる恋心をテーマにした作品と云えば「十三夜」、幼い日の仄かな初恋は、時代と云う背景の中で翻弄される。高級官吏原田勇に嫁いだお関、両親(ふたおや)は娘の出世を喜び幸せな結婚生活を信じて疑わなかった。7年後の十三夜、一粒種の太郎を婚家に残したまま、離縁を胸に実家を訪れる。被害者意識ばかりを前面に押し出して、訴える娘に父のひと言が重い。

「同じく不運に泣くほどなれば、原田の妻で大泣きに泣け、そうではないか」父の諫めに我に返り、子供の為に生きる決意で実家を後に・・・。

通り掛かった人力車を拾って、ふと見れば車夫は幼い日、思いを寄せ合った録之助、変わり果てた姿に、初めて加害者意識を持ったのである。人の裏と表、光と影を巧みに表現しながら、読者へのメッセージを織り込む事を忘れない。

熊澤南水 プロフィール
朗読家。
1941年東京生まれ。小学6年生のとき青森県西津軽から東京に移り、そこで津軽なまりを笑われたのが言葉へのこだわりの第一歩だった。
40歳のころ、偶然手にした一本のテープ、朗読家 幸田弘子さんが語る樋口一葉の十三夜が心に新たな、風を吹き込み、言葉への想いをつのらせた。以来、俳優 三上左京氏指導のもと、“南水ひとり語り”を全国各地で繰り広げている。
浅草の洋食ヨシカミの元女将が語りの世界で彩る。
◉女優 吉永小百合さんとともに下町人間庶民文化賞を受賞
◉文化庁芸術祭大衆芸術部門優秀賞を受賞

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