浅草誌半世紀・名随筆の足跡<第2回・渋谷天外「蛇骨湯の路地」>|月刊浅草ウェブ

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浅草で半年あまりゴロゴロしていたのが、関東大震災のその前年というのだから、話はだいぶお古い。

住いは蛇骨の横の路地のつきあたりの弁当屋の2階、6畳と4畳半の2間で、映画館の帝国館や大東京の学士連中と合わせて5人の同居生活である。この5人はいつもぎりぎり決着のふところだが、月曜日の朝はとてもお大尽の気持ちである。そのころ鶴見の花月園で日曜ごとに外人たちのダンス会が夜中2時ごろまで開かれて同居の楽士の中の帝国館組の3人がそのダンス曲の演奏にいく。パーティーでのこったハム・コールドビーフ、トリの丸焼きなどを翌朝持って来る。それが5人の最大栄養源で、平日は18銭の階下からとる弁当である。したがって帝国館組は栄養源の関係上、いつの間にか兄貴分となって大東京氏や私は頭が上がらない。ふとんの上げ下げ、洗濯物、しまいには靴をみがけといわれて大げんかの末、私と大東京氏はそこを飛び出して、合羽橋のたばこ屋の2階へ移った。3畳ひと間で寝床をひいたら座る所もない。作曲家志望の大東京氏は、この方が作曲環境によろしいと大喜びで館ヘ出る以外はバイオリンばかりひいていた。

文なしでもなんとか生きていけた時代で、10銭にぎって、電気局の前にずらっとならんだ屋台店から、1杯10銭のシナソバで夕食がわりにする日がつづく。屋台のおやじさんから、「たまには焼きめしでも食いなよ、毒だぜ」と売るほうが毒だというぐらいソバ一点の生活だった。
酔いたければ、雷門、吾妻橋よりに神谷バーという店があった。そこの電気ブランがこれも1杯10銭、それでけっこう酔える。瓶ごと卓の上へポンと置いて飲む人にまかせきりで、損な仕組みのように思えるがうまく考えたもので、酒瓶に水薬の瓶と同じような1杯分づつ横線がひいてあって、ちょろまかしのできない様にしてある。この電気ブランでひどい目にあった。電気ブランはアルコール度が強いから、大抵3、4杯が限度なのを、調子にのって6、7杯のんだが、それからどうなったかぜんぜん記憶なし。気がついたら、象潟署(現在の浅草署)の洗い場で水をぶっかけられていた。おりもおり、その3月の1日から未成年者禁酒禁煙励行デーが始まっていた。ベロベロの私が、セントラルというオペラ館の横のカフエーで大理石の上のテーブルの上へ、大の字になって寝ていて、起した警官にくってかかったのだからしかたなく交番から本署おくりである。酔がさめたらたわいがない。涙を流して平あやまりに許してもらったが、その時の始末書の本籍地の番地か何かがまちがっていたので、それから4度か5度呼び出された。つまり要注意の少年に思われていたのであろう。

震災前だから、十二階はそびえていたし、もちろん、ひょうたん池も健在であった。十二階下の売春街も名刺屋から造花屋、その頃は、新聞閲覧所のカンバンをかかげていた。
非行少年に近い私だったが、その売春の家のしきいはこえなかった。あんな所へいったら鼻が落ちちゃうぞとおどかされたせいもあったが、それよりも食うのに追われて下半身に使う金がなかったせいでもある。
5月の中頃国際通りにあった騎西屋で朝メシを食っているとやはり喜劇役者の木村喜楽さんがいて、どうだ10日ほど宇都宮へ行かないかとの話。食事代だけでも助かると思ったのでついていった。

初日をあけて3日目だと思う。干瓢の製造販売をしている北常という御夫婦が芝居を見にきて、どう気に入ったか私を自分の家へつれてかえって、とめてごちそうをしてくれた。ひとり子を死なせたさびしい夫婦だったので旅の若い役者の私に心をひかれるものがあったんだろう。養子にならないかとの話、商人になる気はなし、役者ぐらしの方が呑気でもある辞退して東京へ引き上げたが、もののはずみで承知をしていたら、私は今頃干瓢屋の御主人になっていたかもしれない。浅草へもどって、たばこ屋の3畳へ帰ると、大東京氏は若い女と差しむかいで、メシを食っている。10日間のるす中に女と同様して、私はマッ殺されたわけである。そうだから寝る所のない私は、腹が立って大いに興奮した。大東京の野郎「さっしてくれよ、さっしてくれよ」の一点張りで、とうとう根負けした私が、ほり出されてしまった。しかたがないから、花屋敷の表の、店で人造金指輪と名前をつけて売っていた今井のおやじさんに、いい働き口をたのむと、「役者がテキ屋になるもんじゃねえ」と50銭の銀貨で2円くれた。思い出のある浅草それから50年書けば切りがない思い出だが、いつか又日を新ためて書かせていただく。

【俳優・渋谷天外~昭和48年5月号掲載~】

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