10月のカメリアホールでの公演を無事終え、ほっとする間もなく、今年一番多忙となる霜月を迎えた。
11月1日は旧暦十三夜、例年この日は何処かで、樋口一葉の名作「十三夜」を語る企画が舞い込む。
今年は、松戸市矢切にある蔵のギャラリー、「結花(ゆい)」が会場となった。15年程前、埼玉県所沢市から移築さ
れ、街の小さなギャラリーとして、私の知人が運営している。築145年、二階建の立派な蔵である。柿落しのイベントも私が務めた。何年も前から声が掛かっていたのだが、双方共に忙しく、日程の調整がつかずに延期になっていた企画だったが、今年ようやく約束を果す事が出来たのである。開演を3時にと決めたのは、終って家路に向う頃には、十三夜の月を眺められるようにと、主催者の粋な計らいからだった。
停滞していた秋雨前線もこの日は去って、雲一つ無い見事な月だった。
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3日には福島県郡山市へ向けて旅立った。市内成田の「徳成寺」さんで、明日71ヶ寺目の「百寺語り巡礼」を務める為である。
副住職を勤めるD氏が改札口で待っていて下さり、先ずホテルへチェックイン。小休止の後、打ち合わせを兼ねてお夕食をご一緒した。
今年の 5月、千葉県流山市の蕎麦懐石「あずみ野」で私の公演があり、多くのお客様がお店自慢のお料理と語りを楽しまれたのである。その時、お別れのご挨拶をしながら、目下「百寺語り巡礼」と云う企画をし、全国の神社仏閣を会場に、公演している由の話をしたのが、この日「徳成寺」さんに繋がったのである。
ご友人数名と楽しいおしゃべりとお食事を楽しみ、語りに耳を傾けて下さったKさんの、琴線に触れる何かがそこにあったのだろう。直ぐに知り合いのD氏に連絡を入れて下さり、11月4日「全機会」と云う檀信徒の集りで……と、話はトントン拍子に進んで行ったのである。
それにつけても……と、改めて考える事だが、私はいつもこうして誰かに助けられ、そのお力を借りて夢を実現しているのである。仲介の労を取って下さった方の、お顔を潰さないよう肝に命じて、この日もご本尊様に掌を合わせた。
6日には、原宿のハーモニー東京センターでの「ほのぼの朗読会」に、ゲストとして出演する会に出向いた。竹下通りを埋める、若者達の間を縫って進むと、間もなく目指す会場は見つかった。方向音痴の私にしては上出来である。
この朗読会の主催者は、元・フジテレビのアナウンサーK氏である。半年程前、突然ご本人から私の携帯に連絡が入り、毎月定期的に開催している、自身が主催する朗読会に、ゲストとしてお越し頂きたい……との事であった。演目も樋口一葉の「十三夜」を、と云う事で緊張しながら、会場に入ったのである。
窓の広い明るい会場は、その名の示す通り音楽教室として運営されている様子で、月一回だけ朗読サロンに変身して、既に30回以上の実績があるのだと云う。
肉声だけで通る小さな空間は、本来の朗読の条件としては、誠に申し分の無い贅沢な場で、軽妙なK氏のトークに導かれ、朗読会は和やかな雰囲気の中で終演となったのである。
9日は、都内港区の「豊岡カフェ」からのご依頼で出掛けたのが、豊岡いきいきプラザと云う会館で、今回は街のご婦人達が集う豊岡カフェと、いきいきプラザとの共催で開催されるとの事、区報で呼び掛けてはいるが、何分にも50名も入れば満杯になる舞台付きの和室が会場の為、定員を決めそれを越えた場合には抽選と云う方法を取ったのだと云う。ところが予想を遥かに越えた申し込みの為、苦肉の策として抽選に洩れた方には、別室で映像をご覧頂こうと云う方法を取って下さったのだ。館のスタッフも総力を結して協力して下さり、ご来場のお客様も本当にいいお顔で帰路に着かれたのである。
15年程前、私に声を掛けて下さったMさんが、事有る度にその時の感動を伝えて下さったのが、周囲の皆さんの心に届き、今回の開催に繋がったのだ。私の知らない所で熱い気持を持ち続け、それを広げて下さる方々の沢山居る事を、私はいつも誇りに思う。
11日には、国立駅前の朗読サロン「鳳仙花」、今年で5年連続出演の会場でもある。オーナーのSさんは、私と同じ三上左京門下の後輩で、地域の方々に少しでも朗読の良さを知って頂きたいと、夫君の協力を得て6年前にオープンした小さな空間である。コツコツと積み上げてきた努力が実って、常連さんも増え、楽しみな会場になっている。
12日は、東洋大学で開催される「文語の苑シンポジューム」への参加である。
文語文普及の為に、毎年東洋大学のご協力を得て開催されているシンポジューム、7回目を迎えている今年のテーマは、「文語の世界に現れた妖怪」、と云う事で、私は上田秋成の『雨月物語』から「蛇性の婬」を朗読する事になっている。会場となっている8号館は、創立125周年を記念して5年前に新築されたモダンな建物で、7階の125記念ホールには開場と同時に次々と席が埋っていく。これは今までにない事で、7年の歴史の歩みがそうさせたのか、あるいは妖怪と云うテーマに人が動いたのか、いずれにしても嬉しい事である。
トップバッターは、東洋大学学長竹村牧男氏が、「井上円了と妖怪の世界」と題して講演。東洋大学の創立者、井上円了は近代日本仏教の復興に尽力すると共に、その思想、哲学は広く西洋との比較を通して、仏教の価値を再発見し、新たな人生感を生み出したと竹村氏は説く。歯切れが良く、参考資料に添って流れるように続く解説は、誠に解りやすく、この講演を聴くだけでも今日は価値があったと私は思う。
続いて、元・明治大学教授で芥川賞作家の三浦清宏氏の「生霊について」、「源氏物語」から葵の上と六条御息所を例題に、ご自身の体験をも混えて、時々笑いを取りながらの講演は、予定を少々オーバーして終了。
そして締めくくるのが、文語の苑主任研究員、高田友氏と私の役目である。「時代を駆け抜けた妖怪たち」、高田氏の「三種の神器」と妖怪にまつわる独自の見解と、「雨月物語」の朗読で今年のシンポジュームは無事幕を閉じたのである。