「刀界の夢を実現させた刀匠の挫折」
…死ぬ思いで刀を作っているのに、どうして『ニーズ』に応えなくてはならないのでしょうか。
一刀両断に現代の「当たり前」をぶった斬るのは、鎌倉時代の名刀再現を実現させた刀匠、松田次泰(つぐやす)さんである。真っ向勝負で「品格」ある刀作りに挑む、生粋の職人だ。
前号では、日本刀の歴史や松田刀匠の生い立ちについて書いたが、今月号ではいよいよ長年の夢「鎌倉時代の刀を作る」ことを実現した松田刀匠の想定外の不遇について紹介したい。
刀の価値は、室町時代に本阿弥家が「鎌倉時代に作られた刀が名刀である」と決め、その美的価値観が今も続いている。明治以降に作られた「現代刀」の価値は最も低い。現に、国宝に指定されている110本の刀のほとんどが鎌倉時代に作られた刀である。
しかし、その鎌倉時代の刀作りの技術は、江戸時代にはすでに途絶えていた。鎌倉時代の刀の再現こそが刀界の「ロマン」であり、幕末の「新々刀」以降の全ての刀鍛冶は鎌倉時代の名刀の再現を目指したのである。
そして、遂に平成8年に松田次泰刀匠が、鎌倉時代の刀の再現に成功した。研ぎ師の方が「松田、これは鎌倉だ。古備前物に見える」と言い、鑑定家の先生も「おそらく800年ぶりにできた鎌倉の技術だろう」と認めた。その後銀座の泰文堂という刀屋さんからも連絡があり、お店に刀を持参すると開口一番に「鎌倉だ」と言ってくれた。
とはいえ、松田刀匠にとっては、鎌倉時代の刀の再現はゴールではない。鎌倉時代の刀作りを踏まえた上で、さらなる日本刀の高みを見据えている。だから、みんなに認めてもらえて嬉しかったし、これから現代刀の世界を変えられるかもしれないと希望を持った。
しかし、この歴史的な大きな一歩は、同時に大きな課題を孕んでいた。まず、鑑定家が鑑定できないということだ。室町時代から続く一種のゲームのようなもので、刀工の銘を隠して作者を当てるというものがあるが、鑑定会で松田刀匠の刀を見た多くの人々が「古備前の正恒」(平安末期の作者)の名前を挙げた。
しかし、蓋を開ければ「現代刀」である。先述の通り、「現代刀」は最も価値が低いとされている。鑑定の世界で絶対に間違ってはいけないことは、時代を間違えるということだ。許せることではなかった。また、鎌倉時代の刀は値がつけられないほど価値があるので、松田刀匠の刀の存在はその価値基準を根底から崩してしまう。刀界においては、由々しき事態である。そのようなことがあって、その後、松田刀匠の刀は無視されるようになっていった。
◉息子・松田周平に託す夢
しかし、世間から評価されなくても、松田刀匠の目指す矛先は変わらない。過去の名刀に並ぶ最高峰の日本刀を作ることのみに集中する。
「…結局は精進するしかない。自分の刀が認められなくても、怒ったり世間を恨んだりしてもしょうがない。そんな時間や体力ももったいない。断トツにいい刀、圧倒的に美しい刀を作ればいつか必ず評価されるから、歴代の名品に匹敵するような品格がある刀を一本でも多く作りたいんです」と言う。
現代刀に対する価値の向上に関しては、全く諦めているわけではない。松田刀匠には、松田周平さん(38歳)という一人息子がいる。小さい頃から刀作りをする父親の姿を見て育った。ひたすら刀と向き合い続ける父親の姿を尊敬すると共に、現代刀の価値が低く見られることに対してもどかしさを感じて生きてきた。「刀はいらない」「なぜ今の時代に刀が必要なのか」という辛辣な言葉を耳にすることもたくさんあった。しかし、9年の修行期間を経て、2020年に刀匠の資格を得て、現在親子で刀作りに励んでいる。
周平さんに昨今の刀剣ブームについて聞いてみたら、「若い人たちの刀剣への熱は本当にすごいんです。刀好きのおじさんたちが話すような専門的な会話を若い女の子たちがしていたり、ある日本刀の展覧会では刀を前にして感動して、泣き出す若い女性がいたこともありました。(刀の)良さは確実にある。もっと自由に売ったり、買ったり、作ったりする世の中になってほしい」と願う。
職人は、日本の宝である。品格ある美しい刀が「美しい」と純粋に評価される時代は、着実にやってきている。
・松田次泰・周平刀匠後援会主催の記念講演会が下記の日程で開催されます。
・2024年5月18日(土)11:00〜15:00 (10:30受付開始)
・会場:JFEスチール(株)みやざき倶楽部1階大ホール(千葉市中央区宮崎1-15、「蘇我駅」「千葉寺駅」からそれぞれ15分)
・講演者:日野光兀(ひのみつたか)(東北大学名誉教授工学博士)「日本刀研究先駆者 俵國一が生きた時代の人材」
・会費:6000円(飲食あり)
・申し込みは、taiyuukai244@gmail.com まで。