つれづれの記<第5回>田中けんじ|月刊浅草ウェブ

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月刊浅草ウェブ

……やがて舞台の袖から〝ワオー!〞大砲から射ち出されたメスライオンみたいなのが飛び出してきた。〝イヤー!オドッレ!ヤー!〞タクトを振るとピ ッタリのスイングで縦横無尽に歌い踊る。3センチの長まつ毛で目はパッチリ。てっきり別の踊り子と勘違いした。こりゃぁ未知なる原石だ。磨けば素晴しいテ ィアラになりそうだ
昭和16年松竹歌劇団を退団した笠置は、服部の協力を得て《笠置シズ子とその楽団》を結成する。ところが12月8日日米開戦となり世の中は騒然音楽どころではない。やがてションボリと姿を見せた。「先生、ワテな警察に引っ張られましたんや〝お前はジャズを歌う敵性歌手である。警視庁興業取締規制依り三尺四方で唄うこと。付けまつ毛も長すぎる。それを取らな唄っちゃいかん!〞と言いますのや……」
背後に軍部の意向が窺える。
《終戦》戦争を生き抜き衣食住や娯楽に飢えた人々。元気づけ立ち上らせるには既成観念のない新しいリズムが必要だ。それには不遇な戦中でも姿勢を貫いた笠置なら世相を打破できる。
昭和22年8月、服部はコロンビアのスタジオに招いた。笠置は鬱憤を晴らすかに唄い始めた。……ところもない。レコーディング中止か……服部は機転をきかせる。面白いじゃないか、かえってムードが高まるかも知れない。笠置はふたたびエネルギッシュなスイングを響かせる。
♪東京ブギウギリズムウキウキ
心ズキズキワクワク……〞
強烈な歌声にまっ先に声を上げたのがGI。〝またもやパールハーバーだ!〞下士官も〝奇襲〞に拍手喝采‼最高のライブ録音になった。「東京ブギウギ」はまず米軍兵士がしびれ、直後の大阪梅田劇場公演で火がつき、東宝映画「春の響宴」で爆発的ヒットにつながったのである。
笠置の才能・可能性を冷静に分析する二人の人物がいた。
昭和24年「酔いどれ天使」制作の黒澤明(38)は、野性味あふれる三船敏郎(28)を起用、復員してもなかなか復帰できず、自暴自棄に陥り悪の社会に引きづり込まれる若者。彼を励ますのんだくれ医師志村喬。キャバレーのフロアで獣のように叫び唄う笠置シズ子。

〝♪ウワーオワオワオウワーオワオワオ
わたしは雌豹だ南の海は火を吐く山の月の赤い夜にジャングルで
骨の溶けるような恋をした
ワァーアーワァーアアー〞

黒澤はどこからあんな声が出るのか不思議でならない。自らが《ジャングル・ブキー》を作詞。作曲を服部に依頼した。
「監督はワテの口を裂けるまで開かせて、カメラに〝声帯まで映せ!〞と命じたんや。」たった3分間のシーンを生きる存在感の象徴としたのである。
座員150名楽士25名、日本一の劇団を育て上げ芸能界を席捲する榎本健一、もはや自分に太刀打ちできるのは笠置以外にないと考えていた。昭和21年2月「君ほど強烈な雰囲気の歌手はいない。ひとりで唄っても楽しい。二人でやればもっとおもしろいに決まってる。だが芝居のツボが外れてる。それがいい味出して好きだ。二人で組もうじゃないか、生地のまま突っ込んでくれ、「素の魅力」をどこからでも受けて見せる。」
ようやく手に入れた幻のビデオ、昭和24年の映画〈エノケン・笠置のお染久松〉渡辺邦男監督、息の合った丁丁発止にお腹が痛くなる。知る限り最高の傑作喜劇映画だ。……ところが受けて立つ王様が余りのうまさに少々喰われ気味?。日本一のボードビリアンが〝ブギの女王〞だったとは……。

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