つれづれの記<第14回>田中けんじ|月刊浅草ウェブ

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歴史と現実の狭間には、時に思わぬ時代を垣間見る。食のプロから料理好きまで、今や全国に知られる合羽橋道具街。その一角に、忘却の呼称「堂前」があ375年前、その地に江戸屈指の大伽藍「浅草三十三間堂」が威容を誇っていた。
三代将軍家光の代、新両替町(現・銀座二)に弓師備後なる人物がいた。時局認識に勝れた才人で弓術家でもある彼は、武術向上を願う弓道館を発企したのである。
かねてより尊信の慈眼大師「天海僧上」に協力を請うた。京風見立てに熱心な僧上は「京都蓮華院三十三間堂の堂形を、浅草に建立することを提案した。二代目秀忠・三代家光の信望が深い天海僧上、直々の伺いに幕府は「尚武とあらば武術奨励に叶うもの」と建設は許可された。
当時は江戸郊外に属する浅草の荒撫地、湿地帯で6,200坪の土地が下附される。今の道具街に面した松ケ谷1・2丁目にかかる場所で、現在も堂の鎮守社「矢先稲荷神社」が崇敬を集めている。

—寛永19年11月(1642)丹碧(たんぺき)に映える南北
120メートルの「浅草三十三間堂」は竣工した。三十三は柱と柱の間の数である。
豪華絢欄威容見たさに見物人は群れをなし、弓術家も江戸はおろか諸国から来堂する。余りの盛況に射たず仕舞いも出る有様。

「稽古失」は西縁側で行われ、「通し矢」が行われる日は庭に竹矢来(たけやらい)が設けられる。夕刻から松明篝火(たいまつかがりび)が焚かれ、煌々たる明りに群衆驚視の大声援。翌日の夕方まで一昼夜の射術競技である。
寛文4年(1664) の記録に弓師鈴木は「1日5,300本を射通す」とある。当時最高の通し矢と称賛され絵馬が堂に掲げられた。新しい記録が出ると自分の絵馬と取り替え飾ることができた。

—本家京都三十三間堂では貞享3年(1886)1日8,833本の記録が残っている。
創建は平安時代後期の長寛2年(1164)後白河上皇が平清盛の協力で建立したが、建長元年(1249)格中から起った火事で焼け、文久3年(1266)再建された。現在国宝に指定されている。この原稿を書いているうちに、壮大なさまを体感したくなり、ペンを置いてひかりに乗った。
京都東山三十三間堂廻町、「蓮華王院三十三間堂」壮大な800年の佇まい。玉砂利を踏みしめお堂を巡る。
〝おや?〟艶やかな晴れ着に袴姿。弓を抱えた京美人の整列。まさか京の風物詩「お弓初め」に出会えるとは…。
ところが念願の三十三間堂。良く見れば縁側や柱は長年の射通しで無数の矢疵(やきず)が残っている。
〽外れても 時代を映す文化財

—才士備後にして、本堂建設は苦労の連続であった。幕府の協力は土地の下附であり、建設運営は備後である。諸大名の寄進と使用料・入場料で賄う試算をしていた。ところが寄進は維持管理費とされ、使用料も盛況の割りは実収が伴わず窮地に至る。
最大の債権者は木場の堺屋久右ェ門。建設費1,500両の支払が履行されなかった。堺屋は評定所に告訴する。決済は堺屋の勝訴になったが備後は返済できず、幕府は備後から堂と営業権、屋敷を取上げ、堺屋に「永代堂守」を申し渡した。才子才に倒れたのである。
堺屋は深川木場の材木問屋。大富豪で比類なき商才があった。しかし幕府要人とは日頃から深い懇親で結ばれ、いずれは地元深川への移転を画策していた。

—元禄11年(1698)新橋南鍋町からの火の手は南風にあおられ、日本橋から浅草、千住を燃え尽くす大火になった。三十三間堂は焼け落ち516年の歴史を閉じた。この日寛永寺では、京都から中堂に掲げる額が届いたことから「勅額(ちょがく)火事」と呼ばれた。
堺屋は機熟したりと動く。幕府に探川への移転を申し出て許可されたのである。元禄14年(1701)富が岡八幡宮の東方に「深川三十三間堂」が同じ様式で建立された。
この地で驚くべき建設記が残されている。172年間に6回も建て直されたのである。正徳3年(1710)よくも浅草からと、下谷からの出火で焼落ち、享保15年(1730)台風で倒壊。宝暦10年(1760)地元火事で焼失。明和6年(1769)またもや台風の直撃。余りの災難に久しく再建されなかったが、武術家の思いは強く文政11年(1826)6度目が叶った。永代堂守、材木商なればこそ。

—だが時代は幕末から維新。激動の世においては弓道精神も希薄となり行く…。「近頃は麻殻(あさがら)の如き軽い矢を射て、矢数ばかりを競っても、戦の用に立たぬ遊芸なり」、明治5年夫も尽き果て堂は解体された。
現在の深川2丁目、「数矢町」が面影である。


田中憲治 デザイン事務所「レタスト」http://www.letterst.jp/profile/index.html

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