三社祭の今昔と舟渡御
令和6年3月17日の夕刻。浅草神社御祭神三柱の御神霊が遷された宮神輿三基が、氏子執行員の手により、厳かに浅草寺本堂外陣に安置されました。観音様と三社様が一晩を共に過ごし、約1400年前の同寺建立の頃に想いを馳せられます。
翌18日の巳の刻、堂内御宝前にて浅草神社宮司による祝詞が奏上され、続いて一山式衆の読経。そして宮神輿三基は堂内から出御し、階下に改めて安置されます。
浅草寺本尊御示現の御縁日に合わせて執り行われる宮神輿の「堂上げ・堂下げ」です。
その後、本堂前で神事びんざさら舞が披露され、宮神輿三基は本堂外周を時計回りに移御する「庭祭礼」に臨み、浅草神社の境内に帰着しました。
これらは「観音祭」と呼ばれていた江戸時代以前の御祭礼のカタチとして、平成12年より再興され毎年同日に執り行われています。まさに神事と仏事が習合した浅草の町の始まりを表す祭事であり、皐月の御祭礼である「三社祭」へのプロローグでもあります。
記憶に新しい疫禍では、その御祭礼の斎行には縮小・制限を余儀なくされていましたが、昨年より従前の姿を取り戻しつつあり、本年は5月17・18・19日を祭礼日と定め、疫禍以前それ以上の御祭礼を執り行うべく準備が進められています。
浅草の町中が神輿を担ぐ掛け声に溢れ、1年で1番活気づく期間であり、御祭礼の今と昔を、また浅草草創の歴史や、この地における信仰の本質を発見できる、また肌で感じられるまたとない機会とも言えます。
そして令和10年(2028)には、聖観世音菩薩が浅草の地に御示現(628)してから1400年という大切な節目を迎えます。その慶賀の年に向けて、同じく観音祭の一部であった、三基の宮神輿を船に乗せ隅田川を航行する「舟渡御」の斎行に向けた企画・準備が既に始まっており、有史以来初となる取り組みも進められています。
浅草の町の歴史や信仰の、また新たな発見に触れられるかも知れません。
筆者プロフィール
浅草神社 宮司 土師 幸士
昭和48年生まれ。山口県出身。某自動車メーカーの研究開発員を経て、遠縁を頂き浅草神社に奉職。その後國學院大學に進学し、神社の護持運営と神明奉仕に従事する。 令和元年に同社宮司を拝命し、浅草寺建立に携わる土師氏の63代目を継子する。