~座談会参加者~【執筆者】田中けんじ、稲川實、熊澤南水、松井天遊、袴田京二、原えつお【発行人】小島博心【編集人】織田邦夫、高橋まい子
【前編】では、浅草の老舗と新興店の現状、コロナ対策に伴う街の変化、「映画の街・浅草」の復活、本格的な資料館の必要性…等の意見が交わされました。さて、座談会はますます熱を帯び、今回の【後編】では、さらに興味深い意見や思いがけない斬新なアイディアが次々と飛び出します!
確かに今、コロナ禍で苦しんではいますが、前向きに捉えて行動すれば、必ず良い結果を生みます。浅草という街は歴史的にそうやって何度も苦境から這い上がって来た。
まず思い出して欲しいのは、浅草は何といっても浅草寺詣での街だということ。毎月縁日にお参りして、美味しいものを食べて、買い物をする、今でもそれを楽しみに来る人が、年配者を中心に何千人といます。そういう古くからのお客様を今まで以上に丁寧におもてなしすることが、現状打破に繋がると思います。
ただ単純に訪れる人間の数が増えればいいという訳じゃない。ぽっと出のチェーン店に並んでメンチカツなんかを立ち食いしている客層は、浅草の本当の良さを理解してリピーターになってくれる客層とは、全く違いますから(笑)。
原点に立ち返って、年配者の喜ぶ本当に良いものを提供することは大事ですよね。浅草でしか買えない、浅草へ行かないと食べられない、そういう魅力的なものがあれば、また何度でも来たいと思う。おじいちゃんおばあちゃんに連れられてきた孫の世代もいづれ未来のお客様になってくれるでしょう。
いずれコロナが収まれば、外国人観光客も戻ってきます。おもてなしといえば、やはり商店の人は今一度努力して、カタコトでも外国語を覚えたほうがいい。海外でたったひと言「コンバンハ」と声を掛けられた時、凄く嬉しかったもの!
それから、史跡巡りのマップ等も色々作られてはいますが、まだまだ改良の余地があると思います。例えば、浅草には寺社が沢山ありますけど、地元ゆかりの著名人のお墓がどこにあるかなんてことは、意外と知られていない。そういう一味違った視点から作成してみたら、面白いものが出来るんじゃないかな。外国語 版も、より親切丁寧で興味をそそるような翻訳を心がけるとか、小さな配慮が評判を呼ぶと思うんです。
年配者、若者、外国人…それぞれの心に響くきめ細かい対応と並行して、誰しもが一緒に楽しめる企画を実行することも求められます。
例えば、松井さんの健康漫談や南水さんの語り、麻生八咫・麻生子八咫娘子の活弁などはオリジナリティがあり、古さと新しさが同居した浅草らしい芸でしょう。それらを伝統の屋形船でイベントとして催したら、各世代、内外からも注目を集めると思うのですが。
浅草は住民同士がイベントによって繋がっている部分も大きい。町会などの横のつながりは、一見バラバラで足並みが揃ってないようにも見えるけど(笑)、三社祭や花火大会となると、皆で盛り上げる。思いやりがあるんだね。そこが、下町のいいところ!
街一丸となって、隅田川とか屋形船とか、貴重な観光資源を今までにない形でもっと有効利用することを考えたいですね。
アイディアマンの原さん、何かアンテナに引っかかっているものはないですか(笑)?
今、アニメ映画「鬼滅の刃」が物凄い人気ですね。聞けば、大正時代の浅草六区が舞台の一つになっているというので観に行ったら、凌雲閣や街の風景も忠実に描写されていて素晴らしい出来でした。こういうまたとないチャンスを生かして若い子や子供たちに浅草に来てもらう企画を起ち上げないと!
鬼滅については、商連でも早速話題に上りました。ファンはアニメの舞台になった場所を“聖地巡礼”するんですってね(笑)。そういう動きをパッと捉えて波に乗り、若年層を取り込んでいく方法を日々模索しなければ、何事も先細りになってしまう。
実は、当誌も600号・50周年という一つの大きな節目を迎え、web版を発足する運びとなりました。
もちろん、〈本〉としての形は今まで通り継続します。「月刊浅草」が他のどのタウン誌にも負けないっていう誇りは、ノーベル賞作家の川端康成先生が題字を手掛けて下さった上に、『浅草紅団』を2年に渡り連載したという事実。これは、想像を絶する凄いことだったんです。普通、許可してくれませんからね。それだけ強い思い入れをして下さったんですよ。
だから、この浅草誌を大切に維持しながら新たな試みとしてインターネット配信の別版を創ってゆこうという方針です。時代に沿って、街とともにPR方法も改革してゆかないとね。
それは凄い!私は大賛成ですね。
紙媒体にはちょっと書きづらいけどweb版なら、という話題もありますしね。アブないことを書けというんじゃなく(笑)、浅草は埋もれさせておくには惜しいような裏話の宝庫だから!
紙媒体とウェブ、それぞれの特性を生かして共栄共存できればベストですね。
田中さんのシャッター画も、ネット向きじゃない?画像で紹介すれば 絶対実物を観に行きたいって気持ちになりますよ。
南水さんにも出演依頼がいっぱい来るね(笑)!
私がウェブ版に賛同したのは〈本〉としての浅草誌を存続させたい一念からです。浅草という街の魅力がインターネットに乗って世界中に知れ渡り(笑)、本家・浅草誌にも大きなフィードバックがあることを期待しています。
進化するネット社会に対応しながらも、紙文化は大切に守ってゆきたいのです。
この冊子はまさに、ひとつの文化だからね。
両輪でやって行くっていうのは発想として面白いと思うんですよね。歴史の重みが大切なのは言うまでもないけど、過去にこだわるんじゃなくてね、大事にしながらも、一歩踏み込んだ形のものを押し進めていかないと。
そこから街おこしへの協力者がどんどん出てくるということも考えられる。本当に面白い情報は、地元民が握っているからね(笑)。
そういう良い流れに繋がれば、先の本格的な資料館の話も、現実味を帯びてくるじゃないですか!浅草の場合は、個人の方が凄い資料を所有しているケースが多いんです。地元に然るべき収蔵先がないばかりに、貴重なものが他所へ寄贈されてしまうのは、切ないですよ。
本当にそうですね。しかし資料館にせよ、イベントにせよ、何か大きなことを実行に移すためには、やはり行政の協力が不可欠です。浅草にはこれだけ多くの観光資源があり、訪れる人だけでなく、住民も確実に増えているのですから、もっと区を上げて取り組んでもらえれば、実現可能なアイディアが沢山あると思うのですが。
人口の推移に目を向けると、昭和60年で7万、平成7年で8万、現在では11万を超える人が浅草に住んでいます。
大胆な思いつきですけど(笑)、台東区を昔の浅草区・下谷区(上野区)に戻すという、いわば大阪都構想の逆バージョンはどうでしょう?そのほうがかえって、それぞれの特色が際立つと思いませんか?