第26回「中清(なかせい)~天麩羅店~」
今回ご紹介するのは、浅草公会堂の真正面に店を構える創業147年目の天婦羅店「中清」。通りの喧噪にくるりと背を向けた瞬間、そこには別世界のような静けさが広がります。さぁ、時代の暖簾をくぐり、贅沢な時間を心ゆくまでご堪能下さい。
中清の初代は、駿河出身の武士。幕末の頃に広小路通り(現在の雷門通り)で開いた屋台の天婦羅屋が評判となり、明治3年、現在の場所に移りました。重厚な蔵造りの表構えに、池のある静かな中庭を囲む離れ座敷。創業当時より変わらぬ風情は多くの著名人をも虜にし、美食家で知られる永井荷風の作品にも、度々登場しています。
中清では、天婦羅の素材に野菜を一切使用せず、魚介類のみを香ばしい胡麻油で揚げるという、江戸前天婦羅の王道に一貫してこだわっています。
今や中清の代名詞とも言える「雷神揚げ」は、そんな心意気が詰まった極上の逸品。ダイナミックな形状が雷神様の持つ太鼓に似ていることから、仏文学者の辰野隆博士が名付けました。芝海老と青柳の貝柱をふんだんに使い、内側も外側もむらなく均等に火の通った分厚いかき揚げには、江戸らしい食材と代々受け継がれた職人技が存分に活かされています。
一方、江戸前の魚介類だけでは表現しにくい季節感は、天婦羅以外の料理の中にさりげなく盛り込む工夫を。頑固に伝統を守りながらも、要望に即したコース料理の開発など、お客様に喜んで頂くための変化については、至極柔軟。変えられない部分と、変わるべき部分。その程よいバランス感覚もまた、永きに渡り支持され続ける理由なのでしょう。
そして何といっても中清最大の魅力は、美しい数寄屋造りの御座敷にて、個室対応で寛いで頂けること。夫婦の記念日や家族のお祝い事、友人同士の会食、宴会、冠婚葬祭と、2名様~32名様まで、幅広い用途でご利用頂けます。近年人気が復活しつつある少人数での会食結婚式なども、素敵ですね。賑やかな浅草において、この静寂。江戸情緒あふれる落ち着いた雰囲気は、本当に貴重。大切な人たちと心置きなく美味しいものを楽しみながら過ごす一日は、記憶の宝箱にいつまでも残る、価値ある思い出となることでしょう。
現当主・中川敬規さんは、6代目。学生時代にお父様が急逝したため、数年の修行を経て、20代前半の若さで家業を継いだそうです。これだけの老舗のこと、後継者問題が気になるところですが…?
「おかげ様で、すでに長男が店に入っております。継げと言ったことは一度もないのですが、自らやる、と。
今、浅草では町会の青年部など、若い世代に活気があり、私たちの頃よりも積極的に交流しているようです。そんな絆もあり、ずっと浅草に居続けたいと思ったのかも知れませんね。
私自身、こういう環境で生まれ育って良かったなと思うのは、この歳になっても、○○ちゃん、って呼び合える仲間が沢山いること。よその土地だったら多分可笑しいんだろうけど(笑)、ここでは、それが自然で。生涯お付き合いする人が、周りにいっぱいいるわけですよね。浅草は、人と人との繋がりをすごく大切にするところ。幸せな場所だと思います。」
と、中川さん。
時流に阿ることなく、黙々と守り、受け継いでゆく味と趣。周囲とのあたたかな絆。そこにほんの少しずつ吹き込まれる、次世代の微風…。そんなふうに中清は、この先もずっと、浅草の大切な一景として愛され、存在し続けるのでしょう。駆け足の世の中にあって、敢えて「変わらない」という価値観。何とも粋ではありませんか。
(「月刊浅草」編集人 高橋まい子)
※掲載写真の無断使用を固く禁じます。