社長の富田進さんは、墨田区生まれ。父の故郷である浅草は、小さい頃から通い慣れた、憧れの町でした。粋な職人たちの手掛ける逸品が溢れる浅草で、美しいものを見ることが大好きだった富田さん。現在の仕事に活かされている色彩感覚や美的センス、モノ作りに対する志は、子供時代から自ずと蓄積され、身についていったものなのでしょう。
大学卒業後、大手着物会社に就職し、7年後に独立。以来35年着物メーカーとして頑張ってきましたが、時代の波とともに着物は斜陽産業に。でも、折角ここまで培った経験や技術を終わらせる訳にはいかない。“モノ作り”とは、確かな腕を持った職人を育てる“ヒト作り”でもあるのです。これまでやってきた事を、最大限に活かせる新たな道を模索した結果辿りついたのが、播州姫路に室町時代から伝わる、真っ白になめした牛革に繊細な加工を施した文庫革製品だったのです。
「我々には江戸小紋の技術があるんですね。型友禅と手描き友禅、どちらも出来ることが強みです。緻密な柄を型友禅し、筆ならではの柔らかさを手描きで表現する。2つの伝統手法を融合させたのが、浅草文庫の独自性です。」
友禅といえば、煌びやかなイメージですが、浅草文庫の持ち味は、何といっても色彩の上品さ。これだけの色数を使用しながら洗練性を失わないのは、本当にお見事。和服にもジーンズにもしっくりくるバッグやお財布、ビジネスシーンでも浮くことのないシックな名刺入れ等、現代感覚と伝統美が調和したデザインは老若男女を問わず、幅広い層の方に使用して頂けます。
文庫革の製作は、浅草橋にある自社工房で20代から50代までの5人の社員(デザイナー兼職人)の完全手作業により行われています。天然革の縮みを防ぐための厳密な温湿度管理の下、全工程は実に20前後にも及びます。たった1度でも失敗すれば、商品にすることは出来ません。僅かのズレも許されない捺染、型押し…終始神経を張り詰めながらの端正な手仕事には、唯々頭が下がるばかりです。こうして完成した文庫革は、クロコダイル等の高級革製品を手掛ける縫製工場へと託され、熟練の職人によって一つ一つ丁寧に縫い上げられてゆくのです。
これだけの手間暇をかけたものだけに、相当お値が張るのでは?と思いきや、価格は極めて良心的。これも中間業者を通さないというポリシーを貫いた結果です。
富田さんが大切にするのは、品位。
「ただ儲かればいい、という商売は嫌。こんな良い場所を提供して頂いたことに感謝し、お客様が“浅草にはこんな品位ある、こだわりの専門店があるんだ”と思って下さるような店にしてゆきたいのです。」
今後の目標は、欧米に向けて日本の伝統を紹介してゆくこと。その一環として、日本の伝統色を使用した商品作り、さらにはヨーロッパの伝統色との対比をテーマにしたコレクションの展開など、夢は無限に広がっています。
白壁に黒のアクセント。店内の壁は、白革と友禅の色彩美を引き立てる、落ち着いた赤。モダンながらもどこか江戸情緒を漂わせるその雰囲気は街の魅力と上手く調和し、浅草のイメージ向上にも一役買ってくれることでしょう。本格派の良店が、またひとつ誕生しました。沢山のお客様が浅草へ足を運ぶきっかけとなってくれるような素晴らしいモノ作りを、どうぞ末長く、この街とともに!
(「月刊浅草」編集人 高橋まい子)
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