吉村平吉先生は、昭和48年(1973)『実録・エロ事師たち』(立風書房・装画カット・滝田ゆう)を単行本化したのが処女作である。しかし何故かその8年後、昭和56年(1981年)9月にも、内容そのまゝで、『実録・エロ事師たち』(秀英書房)を、まるで別の本のように出版元を替え、再版しているからやゝこしい。
このいきさつについては、吉村先生に直に尋ねたことがあったが、いゝ思い出話でもなかったのか、何となくお茶を濁され、確答は得られなかった。このことから、吉村平吉著『実録・エロ事師たち』は、同題、同内容で、装丁の違った二種類の本が存在していることを付記しておきたい。
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サイン本で2冊とも手元にあるが、滝田ゆうさん装丁の立風書房版は、「粋な吉原酔狂ぐらし」と添え書があり、秀英書房版では見返しに「名前だけでは淋しいよ」といって、〝元牛太郎師に捧ぐ〞と書き加えられた。ポン引きの手ほどきを受けた牛太郎師に、よほどの思い入れがあったのであろう。共に大切にしている1冊である。
この「出版初体験を祝う会」※写真参照は、昭和48年10月、今は無き新吉原の松葉屋を会場に行われたが、お遊びに度が過ぎ、ストリップ嬢まで呼び込んでしまったので、松葉屋の大旦那の逆鱗に触れ、吉村先生はしばらく出入り禁止の状態になったが、そのあたりの話は、後日「出版記念会大好きの項で改めて語りたい。
続いて2冊目の本、平成2年(1990)『吉原酔狂ぐらし』(三一書房)を刊行している。
これにも野坂昭如さんの推薦文が光っているのでご披露しておきたい。
「失なわれた町、場所を求めて、貴種流離譚のおもむききわめて卑俗、猥雑な巷を描き風俗人情を写して、著者の筆は清雅であり、こんな自らを高みにおいてというわけじゃない、あくまで狭斜陋巷における種々相をまったいらにながめ、共に漂い流れて、人間をみつめる、その融通無礙な、やわらかくやさしい眼が、この希有な一文となったのだ。後世のため得難い証言でもあり、吉原を知らぬ者にも、しばし、かりそめながら甘い、追憶の楽しみを与えよう。」書いている野坂さん自身が、楽しんでいるところがこれまた楽しい。
この本は、第12回日本雑学大賞を受賞している。奥付けでは、第一版第三刷発行というのもあるから、本そのものの売れ行きも上々であったようである。その頃の吉村先生は、週刊誌や雑誌などの原稿依頼もあって、気力充実、一番油の乗っていた時期ではないだろうか。「ふきよせの会」百回記念の後の〝浅草くぉーたりぃ〞では、女剣劇の中野弘子を迎え(5656会館)で大掛りな一座を組み、「一本刀土俵入り」を成功させているから楽しかった。
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