おめでたうございます。
元旦。空はまだ明けませぬが、いまはもう四時です。
卓燈のまるい灯の下、私はいつもの机の前に坐って、けふまでの私のさゝやかな二十三年ーそしてそのあひだ、私のやうな者にかずかずの美しいお心を寄せてくださった、大ぜいの世路の師恩篤い年長の方々、又、若い幼いお友達のことなどを、かざした手に感じる炭火の温かさといっしょに、なにかぬくぬくと思い出しております。
ほんとうに、縁あって皆様に知っていたゞきましたことは、私のこの世の望外な喜びでありましたが、心貧しく性いやしい私は、皆様の胸に徒に不快な印象のみをお残ししたことゝおもひます。でも、一生懸命にさきほど、山王日枝神社の御前に私は祈って参りました。この年こそ、私の最も美しい生きのときでありますやうに、と。
みたらしの水はこんこんと溢れて、冷いまゝにこほらず、眞新しい檜わげの柄杓をとって、口と手を清め、はあっと吐いた息が、あまりに生命あるきれいな白さで、私は不覺の涙と水洟をこぼしてしまひました。
幼い頃からいちばん好きだったその神境、石段を下りながら星空を仰いで私は、皆様の御健勝をも心からお祈りしたことでした。
さて、間もなくかゞやかしい年の朝です。この年頭の御挨拶を以て、私入営のお別れの御挨拶にもかへたいと存じております。吉村平吉
昭和十八年元旦
これはまさに︑若き日の吉村先生の遺言状である。いつまでも戦争のない平和な日々が続くよう、心から願って再読したい。
写真は、昭和十二年頃の浅草公園映画街の賑わい。
(稲川實, 2016年)










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