岡本文弥(新内節太夫)の名随筆「気まま黄表紙」<第1回>月刊浅草ウェブ

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去年11月25日伝法院の広間で浅草の会の集会があり、実に美事な「写真にみる昭和浅草傳」の披露があり、更に80歳を越えた会員に記念品の授与があり、私も授与される1人、私よりずっと若いけれどこれも授与される1人の田谷力三さんと隣り合わせて、初めて口をきいた。こちらは200年の伝統を売りものにするけれど何と言っても隅の隠居の新内語り、あちらは昭和の現代の脚光を浴びて光り輝くオペラ歌手で付き合いの縁はない。浅草三館共通の時代に常盤座あたりの2階席のうしろの方で、満員の客のアタマ越しに「屋上の狂人」を見る、大矢市次郎で、「大矢」「大矢」の声が盛んにかかる。そんな記憶しかない。ペラゴロなんて流行語があって、どうせ浅草のオペラ役者女性遍歴(それが悪いとは言わないけれど)数々の女泣かせた前科あらんと、そんな目で見て来た田谷力三氏が、ですネ。敬服しました。この日から田谷さんを見る目が変ったことを記録しておきたい。

新聞で見て知っていたので「 再婚をなさったそうですネ( 私としては無論祝福の寸志を含めて )と話しかけたのがキッカケー  何10年連れ添った夫人の病気、仕事を続けながら看病のあけくれ 、その甲斐なくて死去される 。寂しく不自由なひとり暮し数年ーと私は事実を記録するだけだけれど田谷さん自身の話からは誠実 、情熱の思いが迫って私の五体が引き締まる 。そして今 、永年のファンであった60何歳の女性と結ばれて不忍の池を見晴らすマンシ ョンでの第2の新生活ー田谷さんの言葉に仕合せが満ちあふれて聴く私まで「 よかったナア」と安堵の胸を撫で下ろし「おめでとう々々」と言わずにいられない 。この日もそれらしき女性と連れ立って伝法院の庭園をあとにする田谷さんは元気一ぱい 。嬉々として声嵩に語り 、笑いつつ 、満足感あふれる如くに見えました 。ああ 、田谷さん 、再婚オメシトウゴイス。

芸大の教授が楽器商と組んで不正を犯したとかで大騒ぎになっている 。いわゆる洋楽の世界に全く無縁の私だからそのよしあしを言う気持ちはないけれど邦楽の世界でも門人に三味線の斡旋をする 。三味線屋さんが「 師匠どうもありがとうございました」と寸志を差し出すこと 、殆んど通例と言っていいくらいの仁義です 。只 、金額が違う 、何千万と2万 、3万 、相撲になりませんや 。レッスンなんてのも 、洋楽に較べてバカ安だと驚く弟子がいる 。こちらはレッスンじゃなくて「お稽古」だから 、どうにか暮しが立てばネ 。それで満足。

『蜂は一度剌したら死ぬ』で一躍その名を全国に知られた榎本ミエ子さん(こっちは名前の文字も忘れてしまった)のこと 、週刊誌なんかが「 彼女にはこんな前歴があった」ふうな悪口を書き出した 。案の定 、と言いたいくらいの醜態 、今更ながらこんな週刊誌を軽蔑します 。「記憶にございません」その他いろいろ 、男1匹、犯人も証人も何とか罪を逃れようとのらりくらり 、あの手この手の見っともなさ、男性群の醜態に対して彼女の証言の立派さはどうですか 、たいしたものではありませんか 。過去にどんなことがあったってこれ1つで帳梢し 、私はそう信じているのですがネ 。

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