「沢 竜二(さわ りゅうじ)」の波乱万丈俳優記<第15回>月刊浅草ウェブ

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第15回~蜷川幸雄との出逢いから広がった大切な絆~>

蜷川さんとの関係は、94年の舞台『ゴドーを待ちながら』への出演依頼から始まった。

正直、当時の私は蜷川さんをよく知らなかったし、この作品はノーベル賞作家・ベケット原作の難解な戯曲だ。畑違いだと思い何度もお断りしたのだが、出演予定の西村晃さんが、沢が出ないなら自分も降りると言い出すし、長年親交のある舞台美術家・朝倉摂さんの強力なプッシュもあって、結局、外堀から攻め落とされてしまった(笑)。

いざ作品に入ると、苦悩は予想以上のものだった。台本が難解過ぎて、頭に入ってこない(笑)。私の初登場場面は舞台中央のスロープを降りてくる演出なのだが、スロープの上に立った瞬間、直前まで練習していた台詞が、丸ごと飛んでしまった! 私はこの時初めて、登校拒否児童の気持ちが分った。毎日毎日、教室ならぬ楽屋の前で、足が止まる。「あぁ、ここに入って化粧をしたら、またあのつらい舞台に出なきゃならんのだ」と…。

しかし本人の思いとは裏腹に、一言台詞を言うたびに、客が沸く。それを捉えてアドリブで笑いを誘うと、さらに沸く。結果、予想外の高評価!新劇の実力者・杉浦直樹さんからの「沢さん凄いですよ、こんな『ゴドー』は、今迄見たことがない!」との言葉も、本当に嬉しかった。

>次ページ「必ず、突破口は見つかるはずだ!」

蜷川幸雄といえば、稽古中に灰皿を飛ばすほど厳しい演出家として有名だ。確かに、灰皿どころか机まで飛ばしていたけれど(笑)、実際に誰かにモノがぶつかるのを、私は一度も見たことがない。彼は物事をわきまえた人だ。だからこそ、多くの役者に慕われ、世界の蜷川と言われるまでになった。その素顔は温かく、そして、たいへん可愛い人でもあった。新しい作品の顔合わせではいつも、私のことを皆に紹介する時、「同い年の沢さんです。俺の方が髪の毛は少ないけど、同級生(笑)!」なんておちゃらけていたっけ。

ある時、さいたま芸術劇場でシェークスピアの上演中、蜷川さんに新聞各社からの取材があり、私も同席したことがあった。
「お二人にお聞きします。今、一番欲しいものは何ですか?」との質問に、申し合わせたかの如く二人同時に出た言葉が、「若さ!!」そして思わずお互いの顔を見合わせ、大爆笑!今、懐かしく思い出す蜷川さんの姿は、演出家としての険しい表情ではなく、こんな何気ない場面の、屈託ない笑顔ばかりだ。

長年にわたる蜷川組の仕事を通じて知り合った、西岡徳馬唐沢寿明勝村政信藤原竜也ら役者仲間との絆も、人生の幅を広げてくれた貴重な財産である。年齢こそ違うが、お互いに尊敬し合う俳優同志であり、また、舞台を離れたところでは、大切な友人、可愛い後輩達だ。私の公演中に4人で”沢竜二Tシャツ”を着てひょっこり客席に現れ、驚かされたこともある(笑)。芝居のみならずユーモアも人情も蜷川仕込みの、お茶目であったかい奴らだ。

特に可笑しかったのは、シアターコクーンで共演した時の勝村と竜也の〈リポビタンDバトル〉。竜也が、毎日同じ時間に私と勝村の楽屋に来て冷蔵庫を空け、                               「沢さん、リポビタンD飲んでいいですか?」                              「いいよ」                                               そこへすかさず勝村が、                                         「それ、俺のだぞ!勝手に飲むな!」                                           「だって沢さんが、いいって言うから…」                                「沢さん、なんでいいって言うんですか⁈」                               と、下らない争いを延々繰り返す(笑)。私がいつになったら怒り出すか、試しているのだ。全く、一流の役者になっても、中身はガキんちょそのもの(笑)! 

またある時は、竜也がTVのトーク番組で〝一番尊敬する役者は、沢竜二さん。俺は沢竜二の生涯のライバルになる。〟と発言したことから、翌週、私はサプライズで中継を繋いで出演することになった。          「お前なぁ、俺とライバルだって⁈百年早いわ、バカヤロー!」                       開口一番こう切り出した私に、何も知らされていなかった竜也は面喰っていたが(笑)、その後トークは大いに盛り上がり、最後は                                             「でもな、俺はお前が大好きだよ。若手じゃナンバーワンだと思ってるから、頑張れよ!」           とのエールで締めた。視聴者からの反響の電話が、終始鳴り止まなかったそうである。

今、コロナ禍において身に染みるのは、人の絆の大切さ。会えなくても、それぞれに気遣ってくれる彼らの存在を思う時、私も頑張ろう、彼らの誇れる先輩であり続けねばという気力が沸いてくる。おそらくは逆も然りで、彼らもまた、目を掛けてくれる先輩に対して恥ずかしくない生き方をしようとの思いは、常に心のどこかに抱えているだろう。

だから皆さんも、こんな苦しく閉塞感に包まれた世の中で心が曲がりかけた時には、どうか思い出して欲しい。今は遠くても、互いに思い合っているはずの、大切な誰かの存在を。そして、その人と過ごしていた時の、自分の姿を。

必ず、突破口は見つかるはずだ!

次回は、蜷川さんとは全く違うタイプだが、これまた温かい人柄だった、マコちゃんこと藤田まことさんの話をしよう。

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