「沢 竜二(さわ りゅうじ)」の波乱万丈俳優記<第12回>月刊浅草ウェブ

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そんな楽しい日々に終止符が打たれたのは、突然のこと。ある夜、小田原の料亭で一人飲んでいた私に、江利チエミちゃんから電話が入った。離婚するというではないか!私は言葉を尽くして説得したが、既に彼女の決意は固まっていた。ならばもう、仕方ない。せめて綺麗に別れさせてやりたいと、アドバイスを送った。
「チエミちゃん、俺の「遺書」という歌、覚えてる?〈長々お世話になりました、今日という日はかねてより、覚悟いたしておりました…〉会見は、あのイメージでやりなさい。あなたは何でも、笑って喋る。それじゃ、愛し合った男と女の悲しみは伝わらないよ。」
…翌朝の会見は、私の言う通りに行われた。

それから約半年後、チエミちゃんは私と縁の深いコマ劇場で主演を張ることになり、相談を受けた。考えあぐねた挙句、私は母・女沢正の十八番だった「葛の葉」という歌舞伎の演目をアレンジし、「白狐の恋」というタイトルで名手・福田善之に脚本化を依頼した。この作品は高く評価され、芸術祭優秀賞を受賞!私も本当に嬉しかった。〈只今より、沢竜二原案、福田善之脚本・演出による「白狐の恋」を上演いたします。〉の開演アナウンスを聴きたいがため、新宿コマへ足を運んだ(笑)。
チエミちゃんもこれをきっかけに元気を取り戻したが、やはりあれだけ惚れ合っていた健さんとの離婚は相当の痛手だったのだろう、目に見えて増えた酒量が、あの悲劇的な最期に繋がってしまったと思うと、何ともやるせない…。

私が今現在歌手として歌えるのも、森川信清川虹子江利チエミが、キングレコードに沢竜二のPTAだと付いてきて、オーディションを受けさせてくれたおかげだ。
ある時、この三人が共演する舞台「サザエさん」の名古屋公演中に清川さんが倒れ、数日休演との連絡を受け、私は現地へ飛んだ。原因は、自律神経失調症。同じ自律神経で、18歳に半年以上舞台に立てなかった私は、このまま休み続けたら、もうダメになるだろうとの予感があったので、無理にでも続けることを勧めた。
もしものことがあったらと周りはヒヤヒヤしたが、私は担当の医院長とともに舞台袖から見守り続け、結果、清川さんは千秋楽まで見事に完走!少しでも恩返しができたと、嬉しさを覚えた。いつの間にか、血縁にも似た情が芽生えていたのかも知れない。

ご縁や恩や人情を大切にする、そんな大先輩達の生き方に学んだせいで、私自身もまた、そういう部分は頑ななまでに筋を通そうとする所がある。よく言えば義理堅く、悪く言えば凝り固まっているというのか(笑)。周囲の人間も、似た者同士が多い。…しかし、清川さんの友人とは思えないほど、型破りな女優がいた(笑)!
次回はミヤコ蝶々さんと、山城新伍、船戸順など、関西系の豪快な仲間たちとの交友について、お話しよう。

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