あさくさ交遊録<第11回>稲川實|月刊浅草ウェブ

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第一回の立候補に際し、有権者に送り付けられた公認葉書が、数葉遺されているので、ぜひご披露させていただきたい。(写真参照)


「さまざまに移ろいゆく世のならいなれど隅田に映す月の影さえ心なし汚臭をにじませて、今僅かに残るは、平(へー)さんの小鬢(こびん)の白と心根の潔いさぎよさかもしれぬ。
三十年の下町暮らしはまあそれとして、所謂(いわゆる)巷情熟知のみごとさはそのまま世話役というべく、区民の福祉なんぞは頰赤らめて声にもよう出さぬが、惚れた土地ゆえの徘徊、語り明かす熱情は、これは本物にまちがいない。吉村平吉氏を推します。お頼みします。野坂昭如」
「台東区議会議員立候補者・吉村平吉この人を推薦します(アイウエオ順)
石堂淑朗小崎政房金井美恵子川上宗薫黒田征太郎桜井順滝田ゆう田中小実昌殿山泰司富永一朗野坂昭如日本一成村松博雄淀橋太郎。」

なんとも贅沢過ぎる顔ぶれである。永六輔さんや吉行淳之介さん、長部日出雄さんなども選挙では大活躍をしたはずだが、お名前が無いのは、書ききれなかったからなのであろうか。本人の略歴あとに、キャッチフレーズのような文章がある。

▼キミも選挙をやろう▼新鮮で楽しいプレイタウンをつくろう▼小さなことを決して忘れない区政を▼ザックバランな話合いが実行を生む、などは分かるが、▼水商売は下町の命―となると、吉村先生の独擅場(どくせんじょう)である。この辺りが、頼みの綱の票田だったのではなかろうか。
「御大の野坂さんは、資金の心配をするとともに何度も応援にきてくれた。本当はイケないはずなのに、出版社その他から酒類などの陣中見舞いが次から次へと届くので、三畳間がたちまち一杯になってしまった。事務長の熊さんが〝現金のほうがいいんだけどなあ〟とぼやいていた。」
「初回終盤の某日、永六輔さんが二時間ほど選挙カーに乗ってくれた。直線の大通りを車が走ってゆき、スピーカーから永さん独特の声が流れると、百メートルも先の両側の店から湧くように人が路に出てくるのだ。凄いもんだなァ、と候補者のほうがただただ感心するばかりだった。」
面白おかしくいう人は、この時は勢い余って文京区にまで遠征、吉村平吉を連呼した。という伝説まで生まれた。ーそんなふうに当人たちにすれば相当盛り上ったつもりだったが、開票の結果は、なんと得票数277票、泡沫候補だった。
なにしろ応援にきてくれた人のほとんどが、台東区以外の住人だったし、浮動票が少ない土地柄、まあ、こんなもんだろう、というのが周辺大方の感想だったが、吉村先生自身はちょっと違った落胆を味っていたようである。

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