筆者は整理するのがとても苦手である。日々の忙しさを理由にして、なかなか部屋を片付けられない。いただいた名刺、資料、アイディアノート、領収書の類が、未整理のまま積み上がっている。当然、私の頭の中も片付いていない。舞台のこと、溜まっているメールの返事、申請・提出しなければならない書類の山、頼まれている講演会のテーマ、締切が迫る原稿たち…毎日たくさんのことを同時に考え続けている。
考え事が多くなると、自然と忘れっぽくもなる。今日はついに家に財布を忘れて出掛けてしまった。最初は「財布がなくてもなんとかなるものだな〜」なんて呑気に考えていたが、我に帰ると、これでいいわけがない。
そして、忘れることが多くなると、本来不必要な「探す時間」が増える。情けないことだが、今さっきまで手に持っていたはずの鍵やスマートフォンが、3秒後には消えていることが多々ある。色々な考え事をしているうちに、無意識に別の場所に置いているのだ。痛感することは、整理は大切であるということである。
今回は、整理のお手伝いをするプロフェッショナル、山口かなさんをご紹介したい。山口さんは、生前整理(=終活)のお手伝いをお仕事にしている。
山口さんは、「整理というのは、捨てるか捨てないか、の2択ではないんです。人から『あなたのものを捨てましょう』と言われたら、誰だってと嫌な気持ちになります。ゆっくりご本人のお気持ちを整理して、納得しながら、必要なもの/思い出としてとっておくもの/手放すもの…と分けていきます。何よりもご本人の意思を尊重することが大切です」と言う。
「それって、個人または家族内でやればいいのではないか?」と疑問に思う人もいるかもしれない。できる人はそれでいいと思うが、家族や親類という近い存在だとなかなかうまくいかないこともある。中立の立場の他者が介入することで、円滑に進むこともある。
実際に、これまで山口さんは家族間のトラブルを数多く見てきた。子どもの側の立場からすれば、どれも不用品に見えるから、どれもこれも捨てようとする。しかし、ご本人の立場からすればどれも大切な宝物で、無下に捨てられたくない。伝え方や、言うタイミングが悪くて、言い争いやトラブルになることもある。山口さんは、あくまでも中立的な存在として双方のお話を聞くのだ。「捨てる」という行為に抵抗があるならば、「どなたかに差し上げよう」、「リサイクルに出してみよう」、「寄付してみては?」…と、大切な品を未来に繋げるご提案をすることもある。いくつもの出口を作ってあげることで、気持ちが軽くなることもある。
そもそも、捨てることは目的ではない。生前整理とミニマリストになることは違うのだ。いらないものを排除するのではなく、その人にとって安全・安心で、居心地のいい空間を作ることを目的としている。ご本人の後悔を少なくしながら、大切なものは何か、大切なものがどこにあるのか、きちんと分かるように整理しておくことが、気持ちよく生きられる空間・環境づくり、ひいては長期的な満足感や幸福に繋がるのだ。
整理をするのは、ものばかりではない。記憶や情報の整理もお手伝いする。人生を振り返るのもその第一歩。咄嗟の状況になってから思い出すのは難しい。今からエンディングノートを書いておくのも一つの方法である。難しく考える必要はない。エンディングノートは何度書き直したっていいのだから、気楽に書いてみる。最初はみんな書けずに、ペンが止まってしまうけれど、山口さんが少しずつお話を聞いてみると、ゆっくりと記憶の扉が開いていく。
たとえ若くても、突然の事故や病気によって自分の意思表示ができなくなることはある。そのときに、周囲の人に仕事先や習い事などに連絡をとってもらう必要が出てくるだろうが、誰に連絡をしてもらったらいいのか、事前に情報が整理してあったらとても助かるはずだ。備えあれば憂いなし、である。
最後に、「生前整理のお手伝いには、どんな人が向いていますか?」と聞いてみたら、「人の話を聞くのが好きで、自分の考えを押し付けない人かな」とおっしゃった。まさに、山口さんがそんな人だ。柔らかい人柄と笑顔に心がリラックスする、とても素敵な女性と出会うことができた。