【人生を謳歌するフラメンコダンサー】こやたの見たり聞いたり<第18回>月刊浅草ウェブ

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「息を呑む」という体験をしているだろうか。去年12月の東京芸術劇場で行われた「平富恵(たいらよしえ)スペイン舞踊公演――フラメンコ」は、今も脳裏に焼き付いて離れない。幕が開き、力強いスペイン舞踊の集団美から始まり、そこから圧倒的な主役感を身に纏った「平富恵」が立ち現れ、彼女の放つエネルギーが爆発する。すると今度は、時が止まったような「静」の美しさが表現される。「静」があるから「動」が輝き、逆もまた然りだと思い知る。舞台上はとてもシンプルで、小道具などはない。ごまかしのきかない空間の中で、全身に神経を張り巡らせたダンサーたちのパフォーマンスに、観客の目は釘付けになる。唾をゴクリと飲み込んだら周囲に聞こえてしまうのではないかと思うほど、集中しながら息を潜めて舞台を見守る…。それは、驚異的な輝きを放つフラメンコダンサーだった。彼女の名前は、平富恵(たいらよしえ)。今回は、彼女の驚きの人生をご紹介する。

平さんは、小さい頃からピアノやバレエに親しんでいたが、幼稚園時代のお遊戯としてフラメンコを踊ったこともあった。とにかく踊ることが大好きな子どもだった。本格的にフラメンコを始めたのは学生時代だった。偶然テレビで見たのがきっかけらしい。日本では2回ほどフラメンコブームなるものが到来し、フラメンコを習っている人は多かったようだ。日本のフラメンコ人口は、スペインに次いで世界で2番目に多いという。スペインの舞踊なので、あくまでも外国人枠の中ではあるが、スペイン人から見た日本人のフラメンコダンサーへの評価はとても高い。曰く、日本は他国に比べてフラメンコに対しての理解が深く、スペインの正当な伝統を受け継いでいると言う。例えばアメリカにもフラメンコダンサーは数多くいるが、アメリカ人はダイナミックで派手なフラメンコを好む。しかし実際の伝統的なフラメンコは、派手なものばかりではなく、繊細さを併せ持っている。日本文化の中にある美意識もとても繊細であるから、共通するものがあるのかもしれない。

平富恵さんのパフォーマンスは、繊細さだけでなない。魂の叫びとでも言うべきダイナミックさがある。これは、彼女の人生に訪れたもう一つの転機が大きく影響している。それは、オフロードモータースポーツのレーサーとして世界で戦っていた経験である。当時の最難関・世界最長15,000キロメートルの南米ラリーに参加した時、平さんは世界ランキング第2位(四輪クラスⅠ)を獲得した。雄大な大自然の素晴らしさを体感し、人生観は大きく変わったという。

オフロードレースは、短い距離のスピード勝負とは違い、何日もかけて昼も夜も走り続け、コツコツ完走する耐久戦である。オーストラリア戦に出場していたある夜、ものすごいスピードで、何か黒いものが車のすぐ横を追い抜いて行った。「あれはなんだろう?」と疑問に思っているうちに、遥か前方へ消えてしまった。しばらくして気がついたが、それは自分の乗っている車の車輪の一つだった。「車輪って、外れると車より速く転がっていくんだ…」と他人事のように思ったという。結局この試合は、平さんの乗っていた車から火が吹き、リタイヤを余儀なくされた。日本で平穏に暮らしていた時には想像すらしなかったことの連続だった。レースでは、野生動物を轢いてしまうこともある。崖崩れに見舞われて命を落とすチームもあった。レース中に現地集落の娘を轢いてしまった車があると噂で聞いたこともある。アフリカの大会中に有名な選手が現地人に銃撃されて命を落としたこともあった。命の危険と隣り合わせの状況の中で、平さんは「本質を見失いたくない」と考え、早々にオフロードレースを引退することを決意した。

平さんの本質、すなわち人生をかけてやりたいことは、踊ることだった。何度もスペインに渡り必死に学んだ。平富恵さんのフラメンコは、情熱に満ちていながら、全体として極めて冷静な抑制が利いているように見える。スペインの新聞各紙でも、「新たな天才」「日本人舞踊家もフラメンコの心の一番深いところを感じ踊る」と大きな見出しと写真で紹介された。人生は無駄なことなどない。全ての人生経験が今の「平富恵」を形成している。平富恵さんの命懸けの舞踊を、ぜひ一度体験して欲しい。

平富恵スペイン舞踊研究所 http://www.girasolflamenco.com/

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記事の投稿者
麻生子八咫(あそう こやた)



プロフィール 1985年生まれ。幼少期より父・麻生八咫の活弁の舞 台を見て育つ。 10歳の時に浅草木馬亭にて活弁士としてプロデ ビュー。2003年には第48回文部科学大臣杯全国青 年弁論大会にて最優秀賞である文部科学大臣杯を受 賞。2015年日本弁論連盟理事に就任。2016年麻生 八咫・子八咫の記念切手発売。2020年3月東京大学 大学院総合文化研究科博士課程を満期退学。 著作には、『映画ライブそれが人生』(高木書房、 2009)麻生八咫・子八咫共著がある。劇中活弁、方言活弁、舞台の演出・脚本、司会等、さまざまな舞台 活動を行う。英語公演にも力を入れており、海外で はアメリカ、カナダ、韓国などでの公演などがある。
月刊浅草副編集長

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