つれづれの記<第12回>田中けんじ|月刊浅草ウェブ

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額に汗して〝エッチラホッチラ〟リヤカーの絵瓶が揺れている。街頭に絵を描いて十五年、アーチやサインポール、シャッター壁画と百枚近くになっている。
「何んのため?」勿論食わんがため、まして絵が好き、そして生きる実感達成の一時(ひととき)……なんとも独り善がりだが、我が器においてはこれが適量と考えている。
朴念仁(ぼくねんじん)な生き方で還暦を迎えた頃、「はてな? 贅沢ってなんだろう……」物質的な贅沢を求めすぎたのでは……精神的な充実、自分だけが自由に使える時間を持つことが根源であり、究極の贅沢であると気がついた。絵を描くことしか能がない。それまで地図やイラストなど、机上を世界とする小さな生業(なりわい)だったが
《街に出て御お天道様のもとで絵を描こう!》

— 仕切り直しの場をニューヨークに決めた。メトロポリタンからMOMA(近代美術館)、巷のアーティスト、ダウンタウンのペインター現場と靴が擦り減るほど見て歩いた。帰国前エムパイアのショップで妙なプレートに〝ピーン!〟《NEWYORK・TAXI》。
帰国後、山谷泪橋の「村松車輌」へ。ユニークなリヤカーを製作している。60色の絵瓶をセットした移動アトリエに土産のナンバープレートで一丁あがり。本田宗一郎の原点自転車バイク(24㏄ )に接続して牽引試走は両大師坂。我が子のようなお宝は〝ポコポコ・ヒーヒー〟ホンダも想定外? ならばと足漕ぎでスイスイ、上野山制覇である。

— 千代田区鍛冶町、城塚良一氏の依頼は、徳川家康が幕府を開く12年前の開拓者を描くものであった。奥山おまいりまちシャッター、歌舞伎絵を調べての打合せだったが、落款もなく面識もないのに良くも探しあてたもの……。
町内の一角に、天正十八年(1590)「神田上水」を完成させた「大久保主水」さんの屋敷がありました。邸内には「主水井(もんとのゐ)」と呼ばれる銘水の井戸もあり《江戸名所図会》にも描かれる地元の誇りです(下図)。
上水道の始祖「主水」さんを広く知って頂く為にシャッターを24時間ギャラリーに解放しました。


— 《江戸名所図会》(7巻20冊)は、天保五年(1834)から七年にかけて出版された。制作者は家康入府時に「草創名主(くさわけなぬし)」(世襲の町名主)となり、三河町一帯を管理する「斎藤幸雄・幸考・幸成」親子三代。一級の考証絵図である。筆を握ったのは精密画の「長谷川雪旦」息子の「雪堤」も協力し、職人の極みで成し遂げている。風景建物の緻密さ、5㎜ほどの人物にしても、町人・町娘・武士・僧侶と点景は際立っている。噂を聞いた広重も訪れて創作意欲を触発され、〈江戸名所図会〉から〈江戸名所百景〉へと、江戸を代表する名作シリーズに繋がっている。

— 家康江戸入府にあたり、施政上の問題は飲料水の確保であった。
大久保忠行は三河国で家康に仕え、才知を見込まれ知行三百石を賜っていた。三河一揆の戦闘で功を上げたが、膝頭を鉄砲で撃たれ非戦闘員になる。日頃から菓子作りを得意とし、家康御用の菓子司となった。
後に二代将軍となる秀忠は、井之頭に満々とした湧水池があるのを知り、上水を江戸市中へ引き込む事にした。器量ある忠行に大事業を命じたのである。
忠行は直ちに江戸にきて井之頭を水源とする開削工事に着手。四里半で小石川関口(堰)に至り、神田川は木樋(もくとい)で越え、江戸城・市中への難工事を成し遂げ「神田上水」は完成した。
家康・秀忠は大いに喜び、忠行に「主水」を遺し、もんどでは濁るを嫌うて「大久保主水(もんと)」と称した。福田村(鍛冶町)に二五〇〇坪の敷地邸宅と名馬「山越」を与え、不自由な足を気遣い「城中内乗馬御免」を許したのである。

— 2012年千代田区鍛冶一・六、「大久保主水(もんと)」シャッター絵の制作に取り掛かった。原画は縦25・8センチ・横18センチの墨一色。そのまま拡大しては説得力に乏しい。作画のイメージを崩さずモダンと渋さの色調、一見矛盾のようだが50色で現代風にアレンジした。縦3.5m ・横3m 瀟洒なフォレストビルに融合させて鑑賞して貰う。梅雨が明ければお天道様全開。筆を握れば心頭滅却「陽」もまた涼し、負け惜しみであっても一心不乱は絵描きの性(さが)。八月下旬ようやく画竜点晴に漕ぎつけた。記念撮影で城島氏から嬉しいプレゼント。銘板に「主水井(もんとのゐ)」の謂(いわれ)と私の名を刻んで頂き、観光めぐりの一つに加えられた。

……職人なんて単純なもの、仕上げはあれで充分。ポコポコリヤカーで「神田藪」。冷えたビールに〝せいろ一ま~い!〟女将の符調に熱中症も何処へやら……。
生きてて良かったなぁ—

(田中けんじ, 2016年)

田中憲治 デザイン事務所「レタスト」http://www.letterst.jp/profile/index.html

※掲載作品の無断使用を固く禁じます。

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