東洋興業会長(浅草フランス座演芸場東洋館)松倉久幸さんの浅草六区芸能伝<第23回>「神田松之丞(かんだまつのじょう) ※現神田伯山」
前回は落語を取り上げましたが、今回はさらにディープな世界へご案内!戦国時代に発祥したとも言われている、講談についてのお話です。(2019年執筆)
“コウダンって…な~に?”
今の10代・20代は、そう思う方が大半かな?下手をすれば、その親の世代すら、同じ反応かも知れませんね。それも無理からぬこと、浮き沈みはあっても今日まで一定の人気を保ってきた落語とは違い、講談は、このままでは絶滅危惧種になりかねない…(笑)、という崖っぷちの状態だったのですから。
ところが近年、少しずつではありますが、潮目が変わりつつあるのを感じています。今年、三代目・神田松鯉が人間国宝に認定されたことや、百年に一人の逸材との呼び声も高い若手実力派・神田松之丞(2019年時点, 現神田伯山)の出現など、明るい話題がちらほらと聞こえてくるようになりました。
長い年月の間に、どういう訳か時代の隅に追いやられてしまった講談ですが、その本質は、意外にも現代感覚にマッチしそうな要素も多分に含んだ、実に魅力的な芸なのです。
今はまだほんの小さな兆しですが、再び注目を集め始めたこの好機を捉え、古くて新しい伝統芸能・講談の世界を一人でも多くの若者に知っていただき、後世へ繋げてもらえればと、願うばかりです。
まずは、講談のコの字も知らないという方のために、基本のキから説明いたしますね。
前述したとおり、その起源は戦国時代まで遡るのですが、演芸として確立し、広く認知されたのは、江戸時代のこと。
軍記、武勇伝、歴史上の出来事などを解りやすく、面白く調子をつけながら読み聞かせる話芸が、講談です。イメージとしては、独り朗読劇といったところでしょうか。
演目には、小説に例えるなら、短編のような一話完結の「端物」と、長編のような「連続物」がありますが、連続物の場合は何日かかっても終われない(!)ほど長いものも多いため、章で区切るように、一席を数十分~小一時間の物語に仕立てています。ですから、ストーリーの本筋を追う以外に、各登場人物にまつわるエピソードや、人間関係などにスポットを当てた一席・一席を、スピンオフあるいはオムニバスのように味わえるのも、講談ならでは。
これなら何かと忙しい現代人も、ちょこっとずつ、肩ひじ張らずに楽しめますよね。
代表的な演目には、「赤穂義士伝」(忠臣蔵)「慶安太平記」「名月赤城山」(国定忠治)「四谷怪談」「天保水滸伝」「扇の的」(源平盛衰記より)「和田平助」(三家三勇士より)「鉢の木」などがありますが、落語と同じように、意欲的に新作に取り組む講談師も、多くいます。
“講談と落語は、どう違うの?”
講談と落語は、どう違うの?という質問を、よく受けます。
簡単に言えば、落語は会話形式、講談は語り形式になっているというのが、一番の違いでしょうか。
それから、小道具。落語家が扇子と手拭しか持たないのに対し、講談師は釈台(専用の小さな机)と、張り扇(音を出すための、開閉しない扇子のようなもの)を使用します。この張り扇で釈台をパパン、パンパン!と叩きながら調子を取ったり、盛り上げたり、場面転換したり…と、巧みに強弱をつけつつ、リズミカルに語ってゆくのが、講談の醍醐味。そこには、どきどき・わくわくするような臨場感が生まれ、お客さんは知らず知らずのうちに、物語の世界へ引き込まれてしまうというわけです。
“講談は、ラップ音楽に通じるところがある”なんて言った人がいましたが、なかなか上手い表現ですね。若い方は、ノリの良い音楽を聴くような感覚で入ってゆくと、より馴染みやすそうです。
伝統芸能の世界には珍しく、女性の活躍が著しいということも、講談界の現代的な特徴のひとつ。
二代目・神田山陽に弟子入りした神田陽子・神田紫・神田紅の三人が華々しく活躍し、女流講談ブームとなった昭和50年代頃から徐々に志願者が増え始め、現在では講談協会・日本講談協会ともに会員の半数以上を女性が占めています。
どうも講談という芸は、女性の胸にグッと響くようですね。展開がドラマティックで、時には人の感情の深いところにまで踏み込んで表現するという部分が、繊細な女性の感性にジャストフィットするのかも知れません。
そして、熱のこもった語り口は、いつの時代も女心を虜にする、ということでしょうか(笑)。
そんな女性優位の時代がしばらく続いていた講談界に、彗星のごとく現れたのが、神田松之丞。
松之丞は、昭和58年、東京の生まれ。24歳で三代目・神田松鯉に入門し、現在二ツ目ですが、独演会のチケットは毎回即完売という、新進気鋭の講談師です。
片方の手に張り扇、もう片方には扇子を握り、両手をフル稼働させながら演じる大迫力の「寛永宮本武蔵伝」など、圧巻の一言!“あぁ、やっぱり講談って凄い芸だな…”と久々に思わせてくれました。このまま順調に育ってゆけば、いつの日か松鯉師匠のように高みを極めるのも夢ではない、それほどの人材だと思います。
独特の存在感が人気を博し、テレビやラジオでも引っ張りだこですから、きっとご存知の方も多いでしょう。そうやって高座の外にも活躍の場を持つことで、講談を広く知ってもらおうと、懸命に頑張っているのですね。
人気・実力を兼ね備えた期待の星は、2020年2月、真打昇進とともに六代目・神田伯山の襲名が決定しており、日本講談協会としては、実に18年ぶりの男性講談師の真打誕生となるのだそうです。
この嬉しいニュースを機に入門者が増え、業界全体が活性化すれば、何よりです。
このように、様々な魅力を持ち合わせている講談ですが、なかなか一般に浸透してゆかない原因は、やはり披露する場が少ない、ということに尽きると思います。
現在、都内の講談定席は、永谷の演芸場のみ。落語協会・落語芸術協会にも所属している講談師たちは落語定席(浅草演芸ホール、池袋演芸場、新宿末廣亭、鈴本演芸場)、浪曲定席(浅草木馬亭)にも出演していますが、それだけでは、あまりにも残念。もっともっと活躍の場が欲しいところですし、鍛錬の場が乏しければ、次世代の育成に支障をきたしてしまいます。
私個人としても講談は大好きですし、とても可能性のある素晴らしい芸だと思っていますので、わが小屋でも講談の出番をより増やしてゆきたいですし、各種イベントにも、積極的に講談師の起用を働きかけているところです。
張り扇をパンパンやるのが面白いのか(笑)、お祭りや学校寄席では子供たちにも大人気ですから、そういった機会をうまく活用して、幅広い世代にアピールしてゆきたいですね。
地道な働きかけにより“講談って、こんなに楽しいものなんだな、また聴いてみたいな”という方が徐々にでも増えれば、自ずと道も開けてくるはずです。
浅草演芸ホールでは現在、昼の部・夜の部ともに、比較的早めの時間に講談の出演が組まれています。どうぞお見逃しのないよう、じっくりと腰を据えて、伝統の芸を思う存分堪能して下さい。その味わい深い世界にひとたび触れたなら、必ずや心を動かされることでしょう。
ささやかなナビゲーターとして、月刊浅草2019年11月号・「浅草六区芸能伝」を開き、傍らに置きつつ鑑賞していただけましたら、幸いです(笑)。
浅草演芸ホール・松倉久幸, 2019年
(口述筆記:高橋まい子)
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