「スリに遭いました」
――といっても、浅草ではなく、はるばるロンドンでの出来事である。新年早々こんな話もどうかと思ったが、お正月の浅草は大賑わいだから、読者の皆さんに少しでも注意喚起をし、ぜひとも楽しい新年を迎えていただければと思い、筆をとった次第である。気楽に読んでいただければ幸い。
場所はロンドンのど真ん中、オックスフォード・ストリート。小一時間ほど時間が空いたので、「イギリスといえば紅茶!」と、紅茶やコーヒーを扱う、ちょっと洒落たお店にふらりと入ったのがはじまりだった。
小さな紙カップで試飲ができるので、店内は観光客でぎゅうぎゅう。
しかもほとんど女性ばかり。女性が犯罪を犯さないなんてことは絶対にないのに、私はどこか安心していたのだと思う。

店内は賑わっていたけれど、中でも、濃厚なホットチョコレートの試飲コーナーの周りには人だかりができていて、私の一口飲むことができた。お土産にいいかも、と右手を棚に伸ばした瞬間だった。
右脇の下から、そ~っと手が伸びて、次の一秒で、私のボディバッグがふっと軽くなった。
「うわ!やられた!」
お腹の前にあるボディバッグのジッパーが全開で、財布が抜き取られていた。
混雑した店内で、慌てて逃げたようなそぶりをした人もいなかったから、おそらくその瞬間、犯人は私の近くにいたのだろう。
でも生まれてからこのかた、他人を泥棒かもしれないなんて疑ったことがない。
ましてや「犯人はあなたでしょう!」なんて言う勇気もない。
とにかく誰かに伝えなくてはと思い、「財布を取られました!(I was stolen my wallet!!)」と叫んだ。
……が、みんな知らんぷり。
若い男性は笑いながら「俺が盗んだわけじゃないし、俺が盗まれたわけでもないし?」と、まさかの耳を疑う発言。
私の心は仰天していたが、そんな男に構ってなどいられない。
近くにいた人に警察の番号を聞いて、電話をかけると、第一声で「火事ですか?傷害ですか?」と聞かれる。
「どっちでもないですけど!!財布を盗まれたんです!!」――我ながら、すごい剣幕だったと思う。
警察に電話越しに調書を取ってもらいながら、財布にエアタグ(紛失防止の追跡タグ)を入れていたことを思い出して、すぐさま位置情報を検索すると、お店近くの角を曲がったところにあるらしい。急いで走っていくと、路上にはゴミが散乱し、さらにゴミ収集車を待つゴミたちもある。
ゴミ収集車のおじさんや、ホームレスの方に助けを乞いながら、必死にゴミを漁った。
結果、何も残されていなかった。
それから、各種カード類を止めて、てんやわんやの大騒ぎで、ふと我に返ると文字通りの「一文無し」。
恥ずかしいとか言っていられない。
「よし、路上に座ってお金を乞おう!何かお金を入れてもらうコップを見つけないと…」と思い立ったが、同時に、「私は一体何をしにロンドンに来たのか」と立ち止まる。
あと2日後に公演を控え、万が一にも体調を崩すわけにはいかない。
私の人生において、財布なんかよりも舞台の方が何千倍、何万倍も大切だ、と少し冷静になる。
私はこのままでは日本に帰れない。
何がなんでも公演を「大成功」させなくては…と気合が入った。

サンタクロースみたいなエドと筆者
この状況で、なによりも回復させねばならなかったのは私の心だった。
お客さんを怖がりながら舞台に立ちたくない。
幸いにも、どん底だった私を助けてくれた人たちがいた。
一人目は、去年10月に都内のイベントで一度だけ会って仲良くなった、エジンバラ在住の女性。
ちょうど向こうから連絡が来たので事情を話すと、「ロンドンにポーランド人の親友がいるから、その子経由でお金を受け取って!」と、迷わずお金を貸してくれた。
また、宿泊先の近所に住む、いつも映画Tシャツを着ているサンタクロースのようなおじさんとも仲良くなり、お金がなくても楽しめるロンドンの無料ツアーをしてくれた。
さらに去年5月に大分県で出会ったネパール人で、ロンドン市内でレストランを経営している方がタイミングよく連絡してくれて、ネパール料理のフルコースをご馳走してくれた。
涙を流すと声が枯れてしまうから泣きたくないのに、いっぱい泣いて、いっぱい温かい気持ちをもらった。
私のロンドン公演の成功の裏側には、温かい人々の支えがあった。人生山あり谷あり。最終的に、何よりも大切なものを得ることができた。

最高に美味しかったネパール料理屋「Everest Inn











