矢代会長は、新橋演舞場の『くらま会』の一員で、常盤津文字太夫さんの一門であった。その「おさらいの会」が国立劇場であり、吉村先生も私もお招きをいただき伺ったことがある。
この会の帰り、吉村先生から思いがけない丁重な扱いを受け、ご馳走になった思い出があるので、ご披露しておきたい。
一門会がハネたあと、普通なら地下鉄半蔵門線で帰るかと思っていたら、シルバーパスの愛好家の吉村先生が、「銀座までタクシーで行っちゃいましょう」といい、先導しだしたから驚いてしまった。幸い車も空いていて、目的地の銀座四丁目で降ろされた。左側教文館書店に入り、書棚から「ちくま文庫」を取り上げ、「やっと出ましたよ」と吉村先生、2冊お買い上げになった。滝田ゆうさんカバーの『吉原酔狂ぐらし』であった。
この時レジの店員さんに「3冊欲しかったのに、2冊しかなかった」と、苦情をいいながら、支払いをしていたのが、ほほえましかった。普通はここから都営地下鉄で浅草となるのだが、東京メトロの銀座線というのも吉村先生らしくなかった。浅草では飲むところも決めていたらしく、私には初めて、伝法院通り東商店会の『もつ焼き・千代乃屋』(店の看板の上に、白波五人男の忠信利平の人形がのっかっている店)の口開け客となった。
乾杯のあと、文庫本に「花の吉原いまいずこ・吉村平吉」と、例の反り身のサインも書いていただいた。ここの勘定も、一切吉村先生持ちであった。あれは、二人だけの出版記念会であったのだろうか。
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