「募る想い」心と表現<第9回>熊澤南水|月刊浅草ウェブ

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月刊浅草ウェブ

17日間の熱戦で日本人選手団の活躍は素晴らしいものであった。
『参加することに意義がある!』
とは言っても、やはりメダル獲得に目が行ってしまうのが人の常、今日は金がいくつ、銅がいくつ……と云ったニュースに一喜一憂し、生活が何んとなく落ち着かない。
そんな中、私の戦いもスタートしていた。
70歳を過ぎた頃から自分の中ではひとつの線を引くく事を考えていたのである。覚える、暗記する事の大変さ……を、身に浸みて感じるようになっており、これから後は新作に挑戦するのは辞めよう……と。
それが3年前72歳の時、ヒョンな事から太宰治の「津軽」の朗読を頼まれ、上演まで僅かな日数しかなかったので、この時は台本を手にして舞台に立ったが、この舞台が好評で、すぐその年の秋に再演が決まったのである。席のカメリアホールで3公演、青森県の大きなお力を頂いて、ひとつのイベント的催し物に発展していた。
この時も、作家太宰治の回想と云う演出で、原稿用紙の束を手に物語を進めており、完全暗記とは行かなかったが、翌年同じ演目で再々演となった時には、さすがに自分自身への戒めもあって、思い切って本を離したのである。一時間弱の作品であったが、ひとつの壁を乗り越えた気がしていた。
〝やれば、出来る⽑〟、と云う小さな自信が生まれていた。そして、出合ったのが「お吟さま」、第36回直木賞受賞作、今東光の出世作である。
後輩の肩を押し〝ふたりの部屋〟と云う企画を立てて動き出しているが、出演者にどの作品を……と考えていた最中に、ふと天から「お吟さま」があるではないか……、と云う声を耳にしたのである。急ぎ本を取り寄せて読んでみると、何んとも心地いいことばがぎっしり詰まった、ひとり語り形式の美しい文章だったのである。

これは、何んとしても舞台化したい⽑
私の細胞にスイッチが入った瞬間だった。
先ず、台本の構成に取りかかったのが、昨年の一月、時間の配分が先ず第一で、あまり長すぎても集中力が途切れてしまいマイナスになる。かと言って話に滅り張りがなくては、結果独り善がりに陥り、観客不在となってしまう。一挙上演を考えれば、どうしても前編、後編に分けて、二部構成にするのが最善だろう。
全編をテープに吹き込み、第三者の目と耳になって聞いてみたが、期待を裏切らない素晴しい作品である。
思いは増々募り、二稿三稿と台本を書き換え、最終的に決まったのは今年の春、演出の梶本先生に初めて稽古を見て頂いたのが4月であった。
〝うーん、難しいね〟
この段階では、先生の中でもこの作品をどう料理していいか、未だ術が見つからない、と云った状態だったのが見てとれる。次の稽古は⚗月、それまでにある程度世界を作りあげておかないと、これは大変な事になる。
その間をぬって、私はチラシ作りDMの発送準備と、開演に備えての作業を平行して進めなければならない。
先生からこのことばを貰う頃には、前編部分の暗記はほゞ完了︑後編に重点を置いて日夜特訓し始めたのである︒夜も枕元に台本を置き︑ブツブツ呟きながら眠りに入るのが日課となって行った。
テレビでは、連日オリンピックで活躍する、若者達の姿が映し出されていた。中でも卓球の伊藤美誠選手、15歳という若さで世界の舞台へ羽撃き、福原、石川2人の先輩と共に、堂々の戦いぶりを見せてくれた。この間まで中学生だった少女が、ふてぶてしいまでの表情を見せてぶつかっていくその姿に、私は逆に何かを教わった気がしたのである。
〝年齢がいくつになったから……〟、とか、〝無理をして怪我をしたくないから……〟、と、いろいろ理由を付けて、そこから逃げようとしていた自分が恥ずかしくなった。
〝よし!、この子達に恥ずかしくない背中を見せよう!
やる気さえあれば、人生いくつになっても挑戦は出来る。これは、常々私自身考えていた事でもある。自分自身を崖っ淵に追い込む事で、得られるエネルギー、これは計り知れない程大きなものであり、間違いなく成長させる原動力である。
残された時間はそう多くはない。今やれる事を精いっぱい⽑。自身の人生に悔いを残さない為にも。
「お吟さま」の舞台には、私のこの想いが浸み渡り、息づいている事に間違いなく、誰よりも私自身が楽しんでいるのである。
語り手、熊澤南水としての年は、誠に幸せな時間でした。その集大成とも云えるこの「お吟さま」、魂を込めた美しい日本語に、ご期待あれ。

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