「沢 竜二(さわ りゅうじ)」の波乱万丈俳優記<第7回>月刊浅草ウェブ

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<其ノ七~名優・森川信と運命の出逢い~>

名古屋のキャバレーで三波春夫の『俵星玄蕃』を歌い終えた私を客席に呼び出した人物は、映画『男はつらいよ』シリーズの初代おいちゃん役で有名な俳優・森川信だった。さすがは名優、一人離れた場所で吞んでいる姿にも、独特の雰囲気がある。開口一番、森川さんは言った。
「お前、なんで東京に出てこないんだ?」
「いや…東京でやっていますが、なんせ仕事がなくて。情けないかな、2ステージ3000円の地方巡り生活です。」
「そうか…じゃあ、東京に戻ったらひとつ、オーディション受けに来いよ。」

森川信の主演舞台『藪にらみ忠臣蔵』のオーディションは、新宿コマ劇場で行われた。私はあの日と同じ『俵星玄蕃』をアカペラで歌い上げ、冷や汗モンだったが、結果は…見事合格! 劇場支配人の酒井さんと脚本家の淀橋太郎先生からは特に高い評価をいただき、淀橋先生は早速、劇中に『俵星玄蕃』で歌い立ち回る私の見せ場を、期待を込めて書き加えて下さった。

そして迎えた公演初日。並居るベテランに囲まれ果たしてどうなること思ったが、そんな心配とは裏腹に、私のパフォーマンスは大絶賛を浴びた。
役者から裏方まで舞台袖に集まり、四方八方から“沢、沢~!”の大声援!!客席のみならず劇場全体が、異様な熱気に包まれた。エレベーター係さえ覗きに来るものだから、その間だけは、運転停止になったとか…(笑)。
無名の新人がコマを沸かせ、連日客が十重二十重に取り囲んでいるらしいとの噂を受け、某全国紙が取材に来た。記事は大きく取り上げられ、注目を集めたまでは良かったが、ここでトラブル発生。事前に曲の使用許可を取っていなかったため、本家本元からクレームが来てしまったのだ。
支配人は歌舞伎座で公演中だった三波春夫を訪ね、丁重に謝罪し事情を説明した。三波先生も最終的には、“そんなに凄い新人なら、私もぜひ観に行きたいよ。”と快く許してくれたそうだ。なんという器の大きさ!その有難い言葉を受け、私は千秋楽まで、堂々と走り抜けた。

芸の世界は駄目になる時も一気だが、一度上向き始めると、その勢いもまた凄まじい。それからの私は次々と舞台の仕事が決まり、そのどれもが大盛況のロングラン、毎回確実に評価を上げていった。楽屋は3階の大部屋から1階の一人部屋へ、ポスターもスター俳優と同等の扱い、看板も写真から絵看板へ…とまさに“のぼり竜”の如し。

それもこれも、私を見出し、導いてくれた森川先生のおかげだ。芸には厳しいが心底温かい人柄の森川先生を私はオヤジと慕い、先生もまた、公私に渡り本当に可愛がってくれ、いつしか“お前を跡継ぎにしたい”とさえ口にするようになっていた。
そんなある夜、いつものように新宿界隈で役者仲間と飲んだ後、オヤジは他の者を先に帰し、私を自宅へ招いた。そこで見たのは、ショックな光景。大きなベッドに一目で病身と解る奥さんが、弱々しく横たわっていたのだ。
「ママちゃん、ママちゃん、帰って来たよ。大丈夫かい?」 傍らに走り寄って囁くオヤジの、あのとてつもなく優しい声と表情を、私は今だに忘れることが出来ない。…これが、ついさっきまで舞台で観客を笑わせ、仲間とはしゃいでいた〈森川信〉と、同じ人なのだろうか?

私はこの職業の恐ろしさを肌で感じた。東京で俳優業に本腰を入れるなら、自身や家族の病気など言い訳にならない。まさに命がけで臨まなければいけないのだ。果たして自分に、それだけの覚悟が持てるのだろうか、と。
そしてオヤジの口から出た次の一言に、私は固まった。
「ママちゃんは、もう長くない。案じているのは、まだ高校生の娘のことだ。…なぁ、あいつのこと、面倒見てやってくんないかな?」
その時初めて気が付いた。オヤジは私を、独身と勘違いしている!妻子持ちであ
ることを隠していた訳ではないが、確かに今まで家庭の話をしたこともなかった。“お前を跡継ぎに”との言葉はてっきり、芸の上での話だと思い込んでいたが、そこには“娘婿に”との意味も含まれていたのだ。

私は、大いなる悩みのドツボにはまり込んだ…。

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