＜第16回 ～苦労人ゆえに解り合えた心の友・藤田まこと ＞
藤田まことさんとは、若い頃からお互いの苦労を知り、「マコちゃん」「沢ちゃん」と呼び合い、励まし合う仲だった。
あれは、マコちゃんが『てなもんや三度笠』で超売れっ子だった頃のこと。「沢ちゃん、何か楽しい仕事、ない？」と、突然電話がかかってきた。私は、歌の仕事で広島県福山市に滞在中だったので、「じゃ、ちょっとこっちに来てみる？」と誘ったら、マコちゃんは過密スケジュールの合間を縫って本当に現れ、その上『てなもんや三度笠』の役柄・あんかけ時次郎の扮装で一曲歌い、私のステージに華を添えてくれた。その後は大いに飲み語らい、私が当時手がけていた新曲の相談に乗ってもらったりして、充実した楽しい時間を過ごした。この時誕生した楽曲「福山・恋唄」(作詞／作曲：沢竜二)は現在でも評価が高く、福山市の地域活性に一役買っている。
それから間もなく、私は日本名作怪談劇場『奥州安達ヶ原』の撮影で暫く京都に滞在することになった。ある日、松竹撮影所の楽屋で出番待ちをしていた私の所へ『必殺仕事人』の撮影に来ていたマコちゃんがひょっこり顔を出し、「大切な話があるから、ちょっと出れない？」という。しかし、顔に大きな傷のメイクを施していた私は、現場を離れることが出来なかった。結局、たったワンシーンのために深夜までかかったが、それでもマコちゃんは待っていてくれた。そして、いたずらっぽく一言、「沢ちゃんも、よくよく(芝居が)好きだねぇ！」「…だって、しょうがないじゃない？あの特殊メイク、いったん落としたら、やり直すのに1時間半もかかるんだよ(笑)‼」
マコちゃんからの大切な話というのは、自身の企画する新作舞台への出演依頼だった。小津安二郎監督の映画「浮草」をベースに、ある旅役者の栄枯盛衰、人生の悲哀を描くという。これは名作になる予感がした。事実予感は的中し、『旅役者駒十郎日記・人生まわり舞台』と題されたこの作品は大成功を収めることとなるのだが、最初の開催場所・名古屋名鉄ホールの公演で、大事件が起きてしまった！
名古屋公演の中盤、１日休みがあったので、私は石井ふく子先生依頼の立ち回り指導の仕事を請け、東京へ帰った。翌日の舞台は11時半開演だから、始発に乗れば十分間に合うはずだった。…ところが、いざ乗り込んだはいいが、待てど暮らせど新幹線は発車しない。さすがに不安にかられて辺りを見回すと、何とそこには、マコちゃんの姿が‼私と同様、別の仕事で東京に戻っていたらしい。そしてもう一人、マコちゃんの相手役を務める辺見マリも、隣の車両で泣いている、と…。座長を含めた主要３キャストを欠いては、芝居になるはずもない。急遽寄席から駆り出されたコメディアンらが場を繋ごうと奮闘してくれたものの、結局我々は間に合わず、公演は中止となった。共演の西村晃さんが、「沢ちゃんは運がいいよ。座長と一緒でなかったら、もっと責められてたよ。」と妙な慰め方をしてくれたが(笑)、これは申し開きの出来ない大失態だ。案の定、翌朝の地元紙一面には、我々3人の名前がデカデカと踊っていたが、驚いたのは、これが美談になっていたこと。【男の友情！寄席時代の仲間が、藤田まことのピンチに駆け付けた！】…物は言いよう、マスコミ恐るべし(笑)！
以後、いかなる場合も千秋楽まで公演の地を離れまいと固く心に誓ったのは、言うまでもない。
そんなこんなで、マコちゃんとの思い出は尽きないが、私たちに共通点があるとすれば、苦労時代が多かったこと。一見華やかな活躍の裏で、俳優・藤田まことの後半生は苦悩に満ち、何の贅沢もしていない。一緒に楽屋風呂に入った時も、髪から体まで、化粧・ドーランを落とすのは、一番安い石鹸だった。初心に帰り、何とか家族を食わすことだけを考えて、生きていたと思う。
私は今でも、『泳げ！たいやきくん』の歌が一番好きだ。立ち回り中の事故で重度の網膜剥離となり、2ヵ月入院。ベッドの頭の横に枕を二つ置かれ、首も体も上にしたまま顔の両目を包帯でグルグル巻きにされ、退院しても左目の視力はゼロだろうと言われ、ＮＨＫの大河ドラマも切られ、絶望の淵で何度も自殺を考えた時、ラジオアナウンサーの小川哲哉が、私を励ますために流してくれた曲だ。今でもこの歌を聞くと、当時のことが蘇り、涙が溢れ出す。
ある時、私が自らの人生を歌詞にして歌い上げた『沢版マイ・ウェイ』にマコちゃんが感動し、自分の人生も歌にしてくれとせがまれ、『藤田版マイ・ウェイ』を書いた。マコちゃんのは売れ、本家本元は売れなかった(笑)。
私は、売れなくてもいい。良い歌を歌いたいと、長年の友達だったギターの木村好夫さんが心を込めて協力してくれ、今聴いても良い歌ばかりを歌ってきたなと、自惚れている。
※掲載写真の無断使用を固く禁じます。
