「寄席入門」<第44回>浅草六区芸能伝|月刊浅草ウェブ

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浅草演芸ホール・麻生子八咫

東洋興業社長(浅草フランス座演芸場東洋館)「松倉久幸」さんの浅草六区芸能伝<第44回>

浅草の喧噪をかき分けて「浅草六区」と呼ばれるエリアにある浅草演芸ホールに向かう。
浅草演芸ホールは、上野鈴本演芸場・新宿末廣亭・池袋演芸場と並ぶ東京の落語定席の一つ。
年中無休で落語の公演を行っている劇場(寄席)である。色とりどりの幟(のぼり)が華やかに立ち並び、正面には、 その日のトリ(主任)を務める落語家が写真と共に紹介されているので、行き交う人々は、足を止めて注目する。

落語というのは、最後にオチがつく日本伝統の話芸で、落語家(噺家)が一人で複数の声色を演じ分けながら展開していく芸能である。
聴き手は難しいことを考えず、ただ頭をリラックスさせて、想像力を働かせながら物語を楽しめばいい。

落語の他にも、色物と呼ばれる落語以外の芸能が多々あり、漫才・漫談・コント・マジック・紙切り・モノマネ・曲芸等バラエティに富んだ芸能を楽しむことができる。
次から次に色々な芸人が出て来て、観客を飽きさせない。

開演時間にこだわらず、フラっと好きな時間に立ち寄り、好きなだけ観て、またフラっと出て行ける気軽さも、寄席の魅力の一つである。

 木戸銭(チケット代)は通常、大人3千円、学生2千500円、子ども1千500円(特別興行時は各500円増)。昔ながらの現金払いなので、お金の用意を忘れずに!

 チケットを購入したら、いざ出陣!入るとすぐに番台があるので、そこでもぎりを済ませ、プログラムを貰う。
右手には売店があり、グッズ、お土産品、書籍、食べ物など、様々なものが売っている。鑑賞しながら食べられる助六寿司やパンも大人気だ。

 場内に一歩足を踏み入れると、そこは芸人たちが必死に芸を磨き続けてきた伝統空間が広がる。
全席自由なので、良い席を確保したければ、早めの入場がお勧めだ。座席の好みは様々だが、思い切って前方の席に座ってみては?芸人達の息遣いがしっかりと感じ取れ、迫力満点だ。
全体を見渡したいなら、中央後方席がいい。観客の笑い声や、肩を震わせながら笑う後ろ姿に、「ああ、これぞ寄席だ」と体感できる。
また右側前方席なら対角線上に舞台下手(左側)から芸人達が入場する様子や、前座の裏方の働きも垣間見られ、面白いかもしれない。

 幕が上がると、そこには高座と呼ばれる一段高くなった舞台があって、まずは前座が登場し、一席披露する。

 落語家は、見習い・前座・二ツ目・真打と昇進を重ねていく。
楽屋入りできるのは前座からで。番組(プログラム)の最初に講座に上がるので「前座」と呼ぶ。最後に高座に上がるのは「トリ」と呼ばれ、その日のメインの落語家となる。
開幕前座の一席に始まり、たくさんの芸人が入れ替わり立ち替わり登場するが、全ては「トリ」の落語をたっぷりと聴いてもらうためである。

重くて難しい落語で観客を疲れさせてしまったり、軽すぎる話ばかりで退屈させてしまったら、観客は途中で退席してしまったり、話を聴く体力・気力が尽き、十分に楽しめなくなってしまう。
絶妙なバランスでリレーを繋ぎ、「演芸って面白いな」「寄席って楽しいな」「もっと聴きたいな」と思わせ続けることで、観客は無意識のうちに落語の魅力にはまっていく。

 トリの落語を万全のコンディションで聴くための前準備が、その前に同情する芸人達の役割と言っていいのかもしれない。
だから、途中で「もっとしっかりした落語が聴きたいのに」と思い始めたら、彼らの術中にはまっている。

 大方、落語を2席聴いたら色物を楽しみ、また落語2席を楽しむという構成になっている。
寄席に足を運んだことのない人は、人の話を長時間聴き続けることに疲れてしまうのでは、との心配もあるだろうが、これがそうでもない。
肩の力を抜いた、お客様との会話を楽しむような落語もある。
終わった後に一杯飲みに行ったり食事に行ったり、浅草を楽しむことを想定したお喋りも多々ある。
堅苦しく考える必要はなく、落語とはオチのある笑い話として捉えて良いのだなぁと、改めて思わせてくれるのだ。

 贔屓の芸人がいなくても、大丈夫。
最初は知らない人ばかりだろうが、舞台左側にある「メクリ」と呼ばれる芸人の名前が書かれた立て札で確認すればいい。
贔屓の芸人を増やしていけば、さらに楽しめるだろう。わからないことがあったら、スタッフの方々に声をかけてみるといい。皆、優しく丁寧に教えてくれる。

 古典落語は江戸時代の言葉で噺が進んでいくので、しばし日常を忘れてタイムトリップしたような感覚に陥る。
江戸時代の言葉といっても、難しいわけではない。
とても親しみやすく、やや「田舎っぽい」と表現するのがいいかもしれない。
落語家によってはそれぞれの出身の方言で語ることもある。
それもまた新鮮で、臨場感も増し、物語が立ち上がってくるように感じる。

 また、噺の面白さのほかに、落語に出てくる身振り手振りも面白い。扇子と手拭い、時に羽織を巧みに使いながら、そこにない物をあたかもあるように錯覚させる。
戸を叩く、食べる、財布からお金を出す、舟を漕ぐ…。
実は噺そのものだけでなく、そういった小ワザも効かせながら、一層物語の世界に観客を引き込んでくれるのが、落語の魅力だ。

ここで一つ、おまけの話を。

浅草には、まだ和式や男女兼用のお手洗いの店や施設が少なくない。
浅草演芸ホールは伝統ある古い建物なので、女性は特にお手洗いの心配をする方もいらっしゃるだろう。けれどそれには及ばない。
浅草演芸ホールには、ちゃんと女性専用のお手洗いが設置され、きめ細やかな気配りがなされている。
こんなところにも、女性が気軽に入りやすい寄席になるようにとの配慮が施されているのだ。

先月号でご紹介した席亭(東洋興業社長・松倉由幸さん)の談話にもあったように、昔の浅草は治安があまり良くなく、歩きづらかったそうだが、現在では大きな商業施設が並び、道も舗装され、女性や子どもでも安心・安全で歩きやすくなった。今や浅草演芸ホールは、女性一人でもふらっと立ち寄れる寄席になっている。

寄席は好きな時間に各々のペースで楽しめばいいので、最初から最後まで居続ける必要はない。
もちろんそれが大きな魅力であり、ひとつの楽しみ方でもあるが、たっぷりと「トリ」の落語まで堪能し切って寄席を出たら、また違った浅草の街並みが見えてくる。

(取材・写真・記事/麻生子八咫)

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