東洋興業会長(浅草フランス座演芸場東洋館)松倉久幸さんの浅草六区芸能伝<第22回>「公式・浅草演芸ホールの楽しみ方」
前回は、大正時代に一世を風靡した浅草オペラを取り上げましたね。
大衆芸能というのは、まさに生き物。パッと咲いて一瞬で散るのもあれば、長く生き残るのもあり、何度となく消えかけてはまた息を吹き返す、しぶといのもあり…まぁ、われわれ人間と、似たようなものです(笑)。
今回は、時世に翻弄され、衰退していってしまった浅草オペラとは対照的に、いつの時代も根強い愛好家に支えられ、一定の人気を保ちながら現代まで伝承されてきた〈キング・オブ・大衆芸能〉、落語のお話。
浅草散歩の道すがら「浅草演芸ホール」で寄席を覗いてみてはいかがでしょうか?
“落語って、年配の人が楽しむシブい娯楽だよね…”
いえいえ、そんなことはありません。浅草演芸ホールでは、男女問わず10代・20代のお客さまが、ずいぶん見受けられますよ。友達同士連れ立って、というのもありますが、一人で足繁く通ってくるマニアックな若者も、意外と多い(笑)。何にせよ、江戸時代から続く伝統の笑いが、世代の壁を超えて理解されるのは、とても嬉しいことです。
近年では、落語を題材にしたドラマや漫画も次々と生み出され、人気を博していますね。“平成の落語ブーム”と呼ばれた一連の動きが令和になっても途切れることなく、若い世代に定着してくれることを願いつつ、寄席についてのあれこれを、ご紹介したいと思います。
東洋興業がストリップ劇場フランス座の看板を降ろし、新たに寄席を開設したのは、昭和39年のこと。
当時は、古今亭志ん生、桂文楽、三遊亭圓生らの名人に加え、若手では古今亭志ん朝、立川談志、三遊亭圓楽など、今にして思えば信じられないような錚々たる顔ぶれが、連日高座に上っていました。そんな歴史の染み込んだこの浅草演芸ホールが今もなお、当代噺家たちの活躍の場であることを大変光栄に思うと同時に、未来の落語界を担う若手の育成に尽力してゆくこともまた、大切な務めだと心しています。
ではここで、寄席ビギナーさんのために、要注目の噺家をご紹介いたしましょう。
面白い噺家は誰なのか?といわれても、正直、一口には答えられません。何せこればかりは、”好み”の問題も大きいですからね。なので今回は、〈初めて落語を聴くお客さまでも申し分なく楽しめる〉という視点に立ち、安定した人気を誇る実力者から、きらりと光る才気を感じさせる若手まで、幾人かの名前を挙げさせていただきます。
あくまでも、私の“好み”ということで(笑)…。
まずは、柳家権太楼。これはもう、抜群でしょうね。志ん朝亡き後の落語協会では、この人…個人的には、それほどの腕だと感じています。表現力豊かで身振り手振りも楽しく、開場は常に爆笑の嵐!豪放かつ親しみやすい芸風は、幅広い層の支持を集め、今もっともチケットが取りにくい噺家の一人と言われています。
歌之介改め三遊亭圓歌も、確固たる実力者。今年3月に4代目を襲名しましたが、流石にそれだけのことはあるな、と思いますね。少年時代の体験にちなんだ新作に定評がありますが、古典もすごく上手い。故郷の鹿児島弁で演じる独創的な落語も、話題を集めています。
瀧川鯉昇は、独特の個性を持つ噺家。どちらかといえば玄人好みかも知れませんが、丁寧な語り口で声も良く、初心者でもすんなり入ってゆけると思います。アクも強い反面(笑)、愛嬌のある仕草や飄々とした雰囲気には何とも言えぬ味わいがあり、その魅力にじわじわと引き込まれてしまうこと請け合いですよ。
落語芸術協会会長に就任した春風亭昇太も、やはり聴かせますよね。彼の新作は最高に面白いし、客席を沸かせるのも上手。「笑点」の司会をはじめテレビでも大活躍ですが、落語を身近なものにした功績は大きいと思います。噺家仲間で結成したバンド「にゅうおいらんず」では本格的なトロンボーン演奏を披露したりと、なかなかの多才ぶり。常に新しい風を吹き込む存在といえるでしょう。
若手では、何といっても春風亭一之輔ですね。とにかく今、勢いが凄いですから、落語ファンならずとも彼の名前は知っているという人も、多いのでは?人気・実力を兼ね備え、必ずや将来の落語界をしょって立つ存在になるであろう、期待の星です。滑稽噺から人情噺まで幅広く演じますが、人物設定を今どき風に変えてみたり、独自のギャグを挟み込んだりしながら堅苦しさを取っ払い、若い人にも馴染んでもらえる新感覚の古典落語を展開しています。持ちネタは200以上、年間900席もの高座をこなすといいますから、大したものです。
林家たけ平も、いいですね。特に、出身地の足立区を題材にした新作落語が、非常に面白い!庶民的でどこかあたたかみのある芸風は、ビギナーさんにも打ってつけ。肩ひじ張らずに、大笑いできることでしょう。今後がますます楽しみな人だと、注目しています。
他にも優れた若手といえば、林家彦いち、柳家花緑、古今亭菊之丞…チョット思い浮かべただけで、未来の落語界の屋台骨となるような逸材の名前がこれだけ挙がるのですから、実に層が厚いですよね。さらに下の世代もどんどん育ってきていますから、頼もしい限りです。
人は共通して、ウケる急所をしっかり掴んでいる、ということ。それはやはり、日々研究の姿勢と、計り知れない努力に裏打ちされたものなのです。例えば、浅草と上野の小屋を掛け持ちしているなら、その移動の道すがらにでも、稽古をする。あるいは観光客でいっぱいの、隅田公園あたりで喋りまくる。“アイツ、一人で何を言ってやがんだ?”なんて後ろ指刺されながらも、なりふり構わず、ね(笑)。そこまでして、人知れず芸を磨いた者だけが上へ行ける、めっぽう厳しい世界なのです。
だから、もしこの界隈でブツブツ独りごとを言って歩いている青年を見かけても、危ない奴だと決めつけず(笑)、噺家の卵かも知れないなと、温かい目で見守ってやって下さい。ひょっとしたら数年後、その人が高座の人気者になっていた…なんてことが、あるかも知れませんよ。
まぁ、それはともかく(笑)、そんな青田買い的な要素も含め、寄席通いの楽しさに目覚めて下さる方が一人でも増えれば、何よりです。
落語の世界は、実に奥深いもの。でも、決して敷居の高い芸術とは思わないで欲しいのです。笑いは、いつの時代も、庶民の暮らしを明るく照らすためにあるのですから。
あの噺家の雰囲気が何となく好き、声が好き、顔が好き(笑)…とっかかりは何でもいいのです、少しでも食指が動いたら、まずは気軽に浅草演芸ホールへお来し下さい。その一歩をきっかけに、それぞれが自分なりの落語の楽しみ方を見つけ、伝統の笑いを人生の彩の一つとして愛でて頂ければ、これほど嬉しいことはありません。
浅草演芸ホール・松倉久幸
(口述筆記:高橋まい子)
※掲載写真の無断使用を固く禁じます。