猿若三座〈第2回〉絹川正巳|月刊浅草ウェブ

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明治10年11月、新富座の「黄門記童幼講釈」から、團十郎菊五郎左團次半四郎に、宗十郎仲蔵といった名優揃いの顔ぶれがきまって、いわゆる新富座時代、芝居といえば新富座一つのような全盛・黄金期を現出せしめた。

それは、役者ばっかりでなく、それに応じた作者の黙阿弥があり、また、興行師として劇壇の諸葛孔明と呼ばれた敏腕家の座元、守田勘彌と、三拍子が揃いに揃ったからである。

この年9月24日未明、鹿児島を囲んだ官軍に、最後の総攻撃の命が下され、西郷隆盛は城山の露と消え、西南戦争はようやく納まった。

>次ページ「この芝居は、古今無類の大入りが続き、日延べして80日間のロングランとなった!」

「西南雲晴朝東風」明治11年2月初演錦絵

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